A Taste of Music vol.472024 11

Contents

◎Recommended Albums
Toumani Diabate 『Kaira』, Gavin Bryars 『Jesus' Blood Never Failed Me Yet』, Cassandra Wilson 『New Moon Daughter』, Buena Vista Social Club 『Buena Vista Social Club』, Salif Keita 『Moffou』, Orchestra Baobab 『Specialist In All Styles』, Madeleine Peyroux 『Careless Love』, Derek Trucks Band 『Songlines』, Jon Cleary & The Absolute Monster Gentlemen 『Mo Hippa』, Matthew Halsall 『An Ever Changing View』

◎PB’s Sound Impression
SHeLTeR……JBL DD55000 + UT-405, Accuphase P-550, Pioneer CDJ-200

構成◎山本 昇

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Introduction

 今日は東京都南西部の都市、八王子にある“SHeLTeR”(シェルター)にやってきました。今年で35周年を迎えたこのクラブのサウンド・システムを聴きながら、この35年に出会った思い出深いアルバム10枚をご紹介します。

 実はここに来る前、僕は新潟の燕三条にいました。前日に、鎚起(ついき)銅器という伝統工芸品を7代前から作っているという金属加工の老舗企業“玉川堂”を訪れていました。今年の初めに、NHK「Japanology Plus」で、この会社で働くカナダ人を取材したんですが、それがご縁で、「うちでDJイベントをしませんか」と誘ってくれたんです(笑)。それはいいけど、どこでやるのかと思ったら、普段は職人たちが金槌でコンコンと銅を叩いている作業所でした(笑)。畳の部屋ですが、それなりに広くて50人くらいが聴きにきてくれました。なぜか、近くの会社から借りてきたというミラー・ボールもぶら下げて(笑)。玉川堂と同じく三条市にあるオーディオ・ブランド“Hasehiro Audio”が手作りのバックロードホーン・スピーカーを持ってきてくれました。

 内容は、僕が昔出した書籍『魂(ソウル)のゆくえ』に沿ったものでというリクエストだったので、昨日は60年代半ばくらいまでの流れを掻い摘まんでDJしました。タイトルには「Vol.1」と表記されていたから、何回かのシリーズでやることになりそうです。お客さんはとてもおとなしく聴いてくれていましたが、みんな楽しんでくれたようだったのでほっとしました(笑)。おそらく来年も邪魔します。燕三条の皆さん、またお会いしましょう。

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燕市の伝統工芸品“鎚起銅器”を作る「玉川堂」で開催されたDJイベント「魂(ソウル)のゆくえvol.1」。“鍛金場”と呼ばれる作業場が会場に[写真提供:玉川堂]

PB’s Sound Impression

東京・八王子の老舗クラブ
“SHeLTeR”の音響システム
「お店のいたるところに、いい音への工夫がある」

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PB ここからは、「SHeLTeR」の代表である野嶌義男さん、お店の音響を監修している溝口卓也さん、そしてAcoustic Reviveの石黒謙さんにお話を伺っていきます。お店は今年で35周年ということですね。オープンしたきっかけは?

野嶌 一時期に離れていた八王子に戻ってきて、こういう遊べる場所がないので自分で作ろうと思ったんです。

PB 内装なども最初からこのように?

野嶌 そうです。DJブースのレイアウトなどは変更しましたが、基本的には当初のままです。

PB DJブースも最初からあったのですね。野嶌さんご自身も昔からDJをやっていたそうですね。

野嶌 そうなんです。まぁ、いわゆるDJというよりも、自分の好きな曲を並べてテープを作るような感じで。BPMよりキーで合わせて軽くクロスさせるみたいな感じでかけていました。

PB 自分の感覚で好きな音楽を人に聴かせたいという気持ちでしょうか。

野嶌 そうですね。自分だけじゃなく一緒に楽しもうとか、そういう気持ちもね。いまはDJブースより、バーにいることが多いですけど。

“親方”の登場で始まった音へのこだわり

PB 音響システムに対するこだわりは昔からあったのですか。

野嶌 興味はありましたが、ここまでのめり込むようになったのは音響を監修してくれている溝口がきっかけでした。

PB “親方さん”と呼ばれているとか(笑)。

野嶌 20年ほど前のことですが、ふらっと入ってくるなり、「こんな音で満足してるんですか」と言ったんです。「いきなりやってきて、何を言ってるんだこの人は」と思ったんですが(笑)、話を聞いてみると、「自分に任せてもらえればもっと良く鳴りますから」と。僕はそれを信じちゃったんです。実際、彼が言うとおりに手をかけていくと、確かにどんどん音が変化していくのが分かって面白いんですね。一緒に手を動かして、現在に至っています。

PB 溝口さんはどんな方向でシステムを調整していったんですか。

溝口 基本的には、様々な音響機材が設計どおりに動くことを目指しています。そのために、例えば電源周りを工夫したり、スピーカー以外の振動を排除するようにしたり、そういう基本的なことをちゃんとやりましょうということです。

PB なるほど。お店のいたるところに工夫があるようですね。

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石黒 それこそ35年分の蓄積でしょう。

PB 音楽ジャンルとしてはどんなイメージですか。

野嶌 どうでしょう、僕はいろんなものをかけるけど……。ただ、週末の深い時間になるとループ系というか、打ち込みの音楽が増えてきますね。

PB お客さんは若い人が多い?

野嶌 いや、いろいろですね。最近は若い子にも来てもらっていますが、多いのは40代から50代でしょうか。

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SHeLTeR代表の野嶌義男さん

フロアに鎮座する巨大なJBLスピーカー

PB では、お店の顔とも言えるこの大きなスピーカーについて教えてください。

野嶌 これは1985年に発売されたJBLのDD55000というモデルです。

溝口 80年代のフラッグシップで、EVEREST(エヴェレスト)とも言われるスピーカーです。義男君がこのデザインをすごく気に入っていて。若い頃から好きだったみたいですね。

野嶌 そうなんですよ。この造形がとても気に入っています。

溝口 どこかアーティスティックな形ですよね。

野嶌 親方には「形だけで選んじゃだめだよ」って言われたけど、買っちゃったんだからしょうがない。どうにかしないと(笑)。

溝口 構造が特殊で、一般的なセオリーが通用しない。このスピーカーには勉強させられましたよ。

野嶌 ユニットが内ぶりになるような角度がついていますからね。どう配置すればいいのかというところから始まって……。

PB いまある場所に落ち着いたわけですね。スピーカーの上に乗っているのは?

野嶌 後付けのスーパー・ツィーターJBL UT-405です。DD55000に、サブウーファーかスーパー・ツィーターを足してみようと思ったときに、やっぱりハイだなと直感したんです。 やってみたら、結果的にローもしっかり出てくるようになりました。成功でしたね。 こうしたSHeLTeRのサウンドを構築する試みは、私と溝口と亡くなった升(靖典)の3人で組んだ“SSSP”というプロジェクトで行ったもので、このスーパー・ツィーターは升が持っていたものなんです。 SSSPは結成して25年以上になります。

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アート作品のように設えた拡散体や吸音材

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当店自慢の音響を監修する溝口卓也さん

PB 運用していく中で、そのほかに工夫した点はありますか。

野嶌 ループ系のクラブ・ミュージックというか、低域の出力が大きい打ち込みの音だとウーファーが飛んでしまうんですよ。スペック上は大丈夫なはずなんだけど、連続して入るのに弱いらしくて。そこで、ユニットを純正のものから耐入力の高いSR系のものに交換することにしました。ただ、それにはネットワークもいじったりしてチューニングしなければならず、その間は音が出せなくなります。仕方なく、DD55000をもう1ペア買ってきて(笑)、入れ替えを進めていきました。

PB それは大変でしたね。このスピーカーは、お店を象徴するものと言えそうです。

野嶌 フロアに鎮座するメイン・スピーカーはお客様が最初に音に触れるものであり、出音の良さはもちろんですが、デザインもとても大事だと思っています。

PB なるほど。ほかの機材はいかがですか。

野嶌 パワー・アンプはAccuphaseのP-550です。

溝口 コンシューマー向けのアンプで、普通はクラブでは使わないですよね。

PB 吸音材なのでしょうか。よく見ると、アート作品のようなものもがあちらこちらに(笑)。

野嶌 トーテムポールのような(笑)。これは部屋の角に溜まる音などを排除するためにSONEXで設えたものです。

PB ターンテーブルはSL-1200だけど、SMEのトーンアームが付いてますね。そんなところにも音に対するこだわりがうかがえます。

野嶌 いまのSLはトーンアーム周りの部品にプラスチックが使われていると聞いて。それではいい音が出ないと感じたので、どうしても換えたくなっちゃったんです。SMEは繊細な扱いをしなければならないので、一部のDJさんからは不評なんですが(笑)、このトレース力を一度でも経験してしまうと戻れないですよ。ターンテーブル・シートはAcoustic ReviveのRTS-30に換えています。

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音質を向上させたAcoustic Reviveのケーブル類

PB そのほか、音にこだわった部分はありますか。

溝口 ラインも電源も、ケーブル類は全部Acoustic Reviveに換えました。それによる音の変化は半端なかったです。機材をどんなに上のクラスに取り替えたとしても、ここまでいかないと思います。たとえて言うなら、軽自動車がベンツになった感じですよ。いや、本当に。ケーブルに対する一般的なイメージでは括れないような変化なんです。もっと広まってほしい製品ですね。

野嶌 朝まで大きな音で聴いても疲れないですから。

PB あー、それは大きな違いですね。

石黒 とにかく導入していただけたことがありがたいですね。前回の“Studio mRX Base2”もそうですが(Vol.46)、入れてもらえればこれだけ音が良くなるということはスタジオなら作品で証明できますし、こちらのようなお店であればお客さんにも体感してもらえます。やっぱり、いい音を広めたいですよね。

溝口 クリエイティヴなことをやっているわりに食わず嫌いな施設もあるようですが、それではつまらないですよ。

野嶌 僕だけではSHeLTeRの音をここまで突き詰めることはできませんでした。石黒さんや溝口をはじめ、いろんな方が携わってくれたおかげで出来上がった音です。ぜひこれを皆さんに聴いていただきたいですね。

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Acoustic Reviveの石黒謙さん

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当店を象徴する巨大なスピーカーはJBL “PROJECT EVEREST”DD55000

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70kHzまでの超高域再生が可能なスーパー・ツィーターJBL UT-405

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DD55000のウーファーは、PA用途に適したJBL 2226Hに付け替えている

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DD55000を駆動するパワー・アンプは天井に設置されたAccuphase P-550。クラブでの使用は珍しい

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ライヴ演奏時に使用されるスピーカーはJBL 4312XP

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手前のレコード・プレイヤーはTechnics SL-1200mk3。トーンアームは SME 3009 S2 improvedに換装されている

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筐体はBozakだが、中身は大幅にカスタマイズされているというライン・ミキサー

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ライン/電源ともにケーブル類はすべてAcoustic Reviveの製品に統一されている

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CDプレイヤーはPioneer CDJ-200が2台

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この日の催しに向け、カートリッジやトーンアームを調整する野嶌さん

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取材後に開催されるDJイベントの準備中

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バラカンさんの持ち込みCD。このうち、『New Moon Daughter』と『Buena Vista Social Club』はe-onkyo music提供のハイレゾで試聴した

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SHeLTeRスタッフ、Acoustic Reviveの皆さんと

◎Today’s Playlist

①Toumani Diabate / 「Jarabi」〜『Kaira』
②Gavin Bryars / 「Tramp With Orchestra I 」「Tramp And Tom Waits With Full Orchestra」〜『Jesus' Blood Never Failed Me Yet』
③Cassandra Wilson / 「I'm So Lonesome I Could Cry」〜『New Moon Daughter』
④Buena Vista Social Club / 「Candela」〜『Buena Vista Social Club』
⑤Salif Keita / 「Yamore」〜『Moffou』
⑥Orchestra Baobab / 「On Verra Ça」〜『Specialist In All Styles』
⑦ Madeleine Peyroux / 「Don't Wait Too Long」〜『Careless Love』
⑧ Derek Trucks Band / 「Sahib Teri Bandi / Maki Madni」〜『Songlines』
⑨Jon Cleary & The Absolute Monster Gentlemen / 「When U Get Back」〜『Mo Hippa』
⑩ Matthew Halsall / 「Calder Shapes」〜『An Ever Changing View』

◎この日の試聴システム

スピーカー:JBL DD55000 + UT-405
パワー・アンプ:Accuphase P-550
CDプレイヤー:Pioneer CDJ-200

SHeLTeR

1989年のオープン以来、こだわり抜いたサウンド・システムを中心に革新的かつ居心地の良さを追求し続けるDJバー。最寄り駅のJRおよび京王線「八王子」より徒歩で約10分

〒192-0071 東京都八王子市八日町1-1 NKビルB1F
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