A Taste of Music Vol.332019 07

Contents

◎Live Review
 
Todd Rundgren

◎Featured Artist
 
Marvin Gaye

◎Recommended Album
 
Marvin Gaye『You’re The Man』

◎Coming Soon
 
Marcus Strickland“Twi-Life””

◎PB’s Sound Impression
 
Roon × SONORE ultraRendu etc.

構成◎山本 昇

Introduction

最近観た映画のこと

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映画『グリーンブック』のマハーシャラ・アリ(左)とヴィゴ・モーテンセン

 今回のA Taste of Musicは、ハイエンドを中心とした海外のオーディオ・ブランドの輸入商社トップウイング・サイバーサウンドグループENZO j-Fi LLC.の試聴室からお届けします。高音質なストリーミング音源をRoonというプレイヤー・ソフトで再生するのが何やら面白いということなのだそうですが、この話題はまた後ほどいたします。

 まずは映画のお話から始めましょう。もう3ヵ月ほど前になりますが、『グリーンブック』を観ました。2019年のアカデミー賞作品賞を受賞したこの映画を、僕はすごく面白く観ることができました。ノミネート作には、スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』やレジーナ・キングが助演女優賞を獲得した『ビール・ストリートの恋人たち』など、人種問題をテーマとした作品がいくつかみられました。それぞれ時代が違えば観点も違うものでしたが、どれも同じくらい面白かったです。

 『ビール・ストリートの恋人たち』はアフリカン・アメリカンの作家であるジェイムズ・ボールドウィンの原作を映画化したもので、1970年代のニュー・ヨークのハーレムに住む若者たちの話ですが、当然ながら黒人の視点で描かれています。黒人のスパイク・リーによる『ブラック・クランズマン』も1970年代の終わり頃、コロラド州で起きた実話に基づいた話です。一方、『グリーンブック』は1960年代初頭、まだ公民権運動がピークに達する前の時代の物語で、こちらも実際の出来事に基づいた話ですが、監督は白人のピーター・ファレリーです。

 黒人のクラシック・ピアニストと、彼がアメリカ南部をツアーするためにスカウトしたイタリア系の白人ドライヴァーの二人によるロード・ムーヴィーで、この映画の脚本は、そのドライヴァーの息子であるニック・バレロンガが、お父さんが亡くなったあとに書いた本を基にしています。だから、こちらは白人の観点で描かれているわけですが、これが作品賞を獲ったことについてスパイク・リーは批判的なコメントをするなど、否定的な見方をする人もいるようです。まぁ、立場の違いによってものの見方は異なり、いろんなことを言う人がいるということなのでしょう。

 いずれにしても、ストーリーはなかなかよく出来ています。実在のピアニストであるドン・シャーリーは音楽や心理学などの博士号も取得し、カーネギー・アーティスト・スタジオの専属作曲家も務めていたそうです。僕もそうですが、あの時代にそんな黒人のアーティストが存在したことを知る人もほとんどいないのではないでしょうか。実際の話、レコード会社の要請で、純然たるクラシック・ピアニストではなく、ちょっとジャズやポップ寄りのアーティストとして振る舞うことを余儀なくされていたようです。映画では、この非常に上品なドン・シャーリーと、荒くれ者のドライヴァー兼用心棒のトニー・バレロンガのミスマッチがなんとも面白いんです(笑)。ちなみに、この二人の車中での会話が笑いを誘う場面もいくつかあるのですが、その中で、アリーサ・フランクリンのことをドンが知らず、トニーが呆れるというシーンには、ドン・シャーリーの子孫の側から「さすがにアリーサを知らなかったはずはない」と、映画の脚色に対して物言いが付いていました。「事実に基づいた」とされるどんな映画にも、話を面白くするための脚色は付きもので、どこまでを良しとするかは観た人が各々判断することなのでしょう。

 タイトルの“グリーンブック”が何なのか、僕はこの映画を観て初めて知りました。黒人が南部を旅する際に、利用できる宿やレストランなどのガイドブックなのですが、この本も実在したそうですね。そして、ロード・ムーヴィーが進行する合間には、カー・ラジオや泊まったホテルのラジオから昔のR&Bなど実に様々な音楽が流れてきます。僕も初めて聴く曲がかなりありました。サウンドトラックにはそれらのほか、この映画で音楽を担当したクリス・パワーズが作った曲に加え、ドン・シャーリーが実際に演奏している曲など30曲以上が収録されています。映画を観た人なら、とても楽しめるサントラだと思います。

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『グリーンブック』のオリジナル・サウンドトラック(ワーナーミュージック WPCR-18181)には、ドン・シャーリーが1961年に発表した「The Lonesome Road」も収録されている

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10月2日には映画『グリーンブック』のDVDとブルーレイが発売に。3種のメイキング集などの映像特典も収録(発売・販売元:ギャガ 税抜価格:DVD ¥3,800 / ブルーレイ ¥4,800)
©2019 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

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ENZO j-Fi LLC. の試聴室で「Roon」を試すバラカンさん

Live Review

完成度の高いステージを披露したメロディ・メイカー

Todd Rundgren at Sumida Triphony Hall

5月22日、すみだトリフォニーホールでのステージから。[photo by Hiroki Nishioka]

 この5月、トッド・ラングレンの来日公演「“The Individualist” Japan Tour」が東京と大阪で行われました。僕は5月22日に「すみだトリフォニーホール」での東京公演を観てきましたが、これがまた思いのほか良かったんです。

 僕はトッドのコンサートを1970年代から何度か観ていますが、一時期は明らかに酒浸りで音程が怪しかったりして遠慮したくなるときもありましたが、今回の来日公演はばっちり決めてくれました。バンド・メンバーもそこそこ上手い人たちが揃っています。ギターはジェシー・グレス、キーボードは元カーズのグレッグ・ホークス、ベイスはカジム・サルトン、サックスとキーボードなどにボビー・ストリックランド、そしてドラムズは元チューブズのプレアリー・プリンスです。

 ツアー名の“The Individualist”は、昨年出版されたトッドの自伝のタイトルで、1995年には同名のアルバムがTR-Iというプロジェクト名義で発売されています。セット・リストは、その自伝に沿って初期から最近までのいろんなアルバムから選曲されていました。ワールド・ツアーということもあってか、リハーサルもしっかりとやっていたようで、無駄話もあまりせず、次々に歌と演奏をこなしていました。ほかのメンバーのコーラスもハーモニーはばっちり。そして、トッドは声もしっかり出ていたし、ところどころで聴かせたギター・ソロも上手かった。その彼と最も古くから活動しているメンバーはユートピア時代からのカジム・サルトンで、彼もけっこうな年齢ですが、まだまだ若く見えました。プレアリー・プリンスもトッドとの付き合いは長いそうです。

 『The Individualist』を高音質なストリーミング・サーヴィスのTidalで探してみると、ちゃんとありましたね。今回のセット・リストにも入っていたタイトル曲の「The Individualist」ではあのトッドがラップをしていますが、面白い曲だと思います。アルバムが出たのは1995年で、この頃のトッドは自分を“個人主義者”と印象付けたかったのでしょうか。この人はまた、何か新しいテクノロジーが出てくるとそれをすぐにレコーディングに採り入れて、変な作品もいくつか作っています。うちの女房や僕みたいな古いファンからすると、いかにもな感じのトッド節、例えば「I Saw The Light」のようなメロディが好きだけど、トッドには昔からガンガンのハード・ロックな面もあって、それが好きな人もたくさんいますね。ライヴではそれらを半々くらいの割合でやっていたと思います。僕はもうちょっとトッドらしいメロディのある曲を増やしてほしかったけど(笑)、非常に完成度の高いコンサートでした。

 ステージではいろんな画像をスライド・ショーで観せていて、トッドが関わったたくさんの作品が出てきました。プロデューサーやエンジニアとして、XTCやポール・バターフィールド、ミート・ローフ、ザ・バンドなど本当に多くのアルバムに関わっていたことを思い出させてくれました。ただ、トッドのファッションを綴ったスライド・ショーはかなりビミョー(笑)。ほとんどグラム・ロックみたいな格好をした写真が多く、僕はちょっと引きましたが、本人は格好いいと思っていることでしょう。

 実は今回、トッドに少し挨拶する機会があったのですが、僕の顔を見るなり「君をテレビで見たことがあるよ」と言うんです。どうやら、NHKが海外で放映しているものなど日本のテレビ番組を好きでよく観ているらしく、その中に僕が出演している『Japanology』があったようですね。トッドが日本に関心があることが分かって、ちょっと意外でした。今年の6月で71歳になるトッドですが、すみだトリフォニーホールを完売にして順調な活動を続けてくれているのが嬉しいですね。

photo by Hiroki Nishioka

photo by Hiroki Nishioka

photo by Hiroki Nishioka

photo by Hiroki Nishioka

Featured Artist

Marvin Gaye

“社会派”だけではない、その頑固なアーティスト像

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 3月にマーヴィン・ゲイの未発表作品集『You're The Man』が発売されました。今回はこのソウル・シンガーについてお話ししましょう。僕が彼の歌を聴き始めたきっかけは1964年にローリング・ストーンズのデビュー・アルバム『The Rolling Stones』に収録された「Can I Get A Witness」を耳にしたことです。そのときはまだ、マーヴィン・ゲイという名前は知らなかったはずですが、これが間接的な出会いではあったかと思います。ちょうどその頃、ロンドンではモータウンが急速に注目されるようになってきていました。最初にイギリスのヒット・チャートに載ったのはメアリー・ウェルズの「Two Lovers」や「My Guy」あたりだったかな。また、マーサ&ヴァンデラズの「Nowhere To Run」や「Dancing In The Street」などもラジオでよくかかっていました。それはちょうど海賊ラジオが始まった時期と重なり、ソウル・ミュージックがイギリスでも火が付いたのはそのおかげと言っていいでしょう。スープリームズも1964年に「Where Did Our Love Go(愛はどこへ行ったの)」や「Baby Love」がヒットしています。フォー・トップスの「I Can't Help Myself」は1965年ですが、もうその頃には次々にモータウンのヒット曲が押し寄せてきました。ちなみに、それらタムラ・モータウン(Tamla Motown)の多くは、イギリスでは64年までステイツサイド(Stateside Records)というレーベルから発売されていました。

 もちろん、アメリカではそれ以前に、例えばマーヴェレッツの「Please Mr. Postman」やミラクルズの「Shop Around」などモータウンのヒット曲はいくつもありました。そんな時代に、多くのイギリス人はマーヴェレッツもミラクルズもビートルズがカヴァーしたことで初めて知るわけで、オリジナルはまだ聴いたことがありませんでした。僕がマーヴィン・ゲイの歌を最初に聴いたのは「Hitch Hike」や「I'll Be Doggone」、「Ain't That Peculiar」といった曲だったと思います。そして、イギリスで最初に大ヒットしたマーヴィンの曲はキム・ウェストンとのデュエット「It Takes Two」で、初のNo.1は「I Heard It Through The Grapevine(悲しいうわさ)」。そんな1962年から68年くらいのシングル・ヒットは、ラジオでもよくかかっていました。いま聴いて面白いのは、例えばこの1963年のヒット曲「Pride And Joy」あたりに注目してみると、初期のモータウンには意外にゴスペルっぽいところがあって、ピアノはちょっとジャズ寄りでもあったりするところでしょう。

 マーヴィンは、本当はバラード歌手になりたかったそうで、ナット・キング・コールのようなことをやりたかったんですね。でも、若くてルックスも良かったから、バラード歌手ではなく、もっとポップな歌手として育てたかったようです。ほかのアーティストのツアーに帯同するほどドラムズも上手く叩けたので、最初は“歌えるドラマー”として売り出されそうになったとか(笑)。まぁしかし、ソロ・シンガーとしてデビューし、アメリカで最初のヒット曲となったのが「Stubborn Kind Of Fellow」ですね。ちなみに、この曲を収録したセカンド・アルバム『That Stubborn Kinda Fellow』には「Wherever I Lay My Hat(That's My Home)」という曲も入っていますが、イギリスではポール・ヤングがこの曲を1983年にカヴァーして大ヒットさせています。そんなに大した曲ではないんですけれど(笑)。

 このように1960年代にはいくつかのヒット曲にも恵まれました。この頃のソウル・ミュージックはアルバムではなく、あくまでもシングルの時代です。マーヴィン・ゲイのヒット曲を手がけたプロデューサーは何人かいますが、その中の一人がノーマン・ウィットフィールドで、彼はマーヴィンの「I Heard It Through The Grapevine(悲しいうわさ)」を手がけたことで知られています。この曲は始めからマーヴィンのために作ったものでしたが、モータウンの制作会議で社長のベリー・ゴーディーに却下され、マーヴィンには別のプロデューサーが用意した曲にOKが出ました。モータウンでは、このように同じアーティストに別々のソングライターとプロデューサーをチームで競わせるということがよく行われました。ノーマン・ウィットフィールドとしてはその決定には不満ながらも、差し当たって女性シンガーのグラディス・ナイトの歌として発売するのですが、これが大ヒットとなります。それでも、ノーマンはマーヴィンに歌わせたくて、また、マーヴィンもこの曲が気に入っていたので、しばらくしてからノーマンはもう一度マーヴィンで出そうとするわけです。すでにグラディス・ナイトで大ヒットしているのにどうしてそんなことをするのかと、社長はOKしなかったのですが、ノーマンとマーヴィンは引き下がりませんでした。そのようして、ようやくマーヴィン・ゲイのヴァージョンの「I Heard It Through The Grapevine(悲しいうわさ)」が世に出ると、グラディスを上回るヒットを記録します。しかも世界的な大ヒットにつながり、マーヴィン・ゲイの代表曲の一つとなりました。

 先ほどの「It Takes Two」のように、マーヴィンはルックスが良くてロマンティックな雰囲気があったので、モータウンではいろんな女性シンガーとデュエットしています。最初はメアリー・ウェルズ、次がキム・ウェストン、そして、いちばんのヒットとなったのがタミー・テレルです。タミー・テレルは若くて可愛くて、マーヴィンとは恋人同士という感じの雰囲気でした。実際にそうだったかどうかは分かりませんが、1967年の「Ain't No Mountain High Enough」、「Your Precious Love」はとにかく大ヒットしました。これをいまハイレゾのストリーミングで聴いてみると、先ほどの1965年頃の曲と比べて、ベイスがよく聞こえるようになっていることに気付きます。ヴォリュームを上げなくても、ベイスがちゃんと主張しているのが分かる。モータウンにはジェイムズ・ジェイマスンという大天才ベイシストがいるから、彼の音が聞こえないと欲求不満になります(笑)。

 マーヴィン・ゲイとのデュエットでヒットを連発したタミー・テレルですが、彼女は脳腫瘍を患っていて、1967年のある日、マーヴィンと共にしていたステージで倒れ、昏睡状態となってしまいます。その後、一時レコーディングに復帰するも病状は悪化し、1970年の3月に24歳の若さでこの世を去ります。そのことはマーヴィンにもすごいショックを与えたと言われ、しばらくはやる気がなくなってしまったようでした。

 マーヴィンは当時、ベリー・ゴーディーのお姉さんのアナ・ゴーディーと結婚していましたが、彼女とはあまり上手くいかなくなっていたこともあり、プライヴェートでも悩んでいた時期があったんですね。そんな折り、「What's Going On」の話が舞い込んできます。この曲が生まれた経緯はこんな感じでした。

 あるとき、フォー・トップスのレナルド・“オービー”・ベンスンがツアー・バスに乗っていると、ヴェトナム戦争に反対するデモに参加している人に対する警察の残虐行為を目撃し、思わず「一体何が起きているんだ!(What's Going On)」と叫んでしまうわけですが、彼の話を基に、アル・クリーヴランドというソングライターが曲作りを行います。フォー・トップスはポップに徹したコーラス・グループだから、そういうプロテスト・ソングのような曲には興味がありません。オービー・ベンスンも「何が起きているのかとびっくりしただけで、そんな曲を歌うつもりはないよ」と、マーヴィンにこの曲が回って来るんです。そこで彼は、歌詞の一部を書き換えて、タイトルも「What's Going On」にして発表しようとします。するとベリー・ゴーディーは、そんな政治的な曲は出せないと拒否。しかし、マーヴィンが「出さないなら、モータウンを離れる」と言い出すに至り、ベリー・ゴーディーが折れて、とりあえずシングルで出して様子を見ることになりました。結果的にそれが大ヒットとなり、アルバムも作ることになります。このようにして、一種のコンセプト・アルバムと言える『What's Going On』は完成します。

 当時、ソウル・ミュージックの世界にコンセプト・アルバムは存在しませんでした。先ほどもお話ししたように、1960年代のソウル・ミュージックはほとんどがシングル盤でしか消費されないものでした。1969年にアイザック・ヘイズが『Hot Buttered Soul』という4曲の長い曲だけで構成されたアルバムを出しますが、これがソウル・ミュージックのアルバムとして最初の大ヒットとされています。『What's Going On』はその少しあとの1971年の発売ですが、アイザック・ヘイズの作品以上にテーマがアルバムを通して持続していて、ほとんど組曲のように聞こえるレコードです。アルバムも大ヒットとなりますが、発表当時よりもむしろ後年になって評価がどんどん高くなり、いまや史上最高のアルバムとも称されるほどです。マーヴィンが1984年に亡くなったあともさらにそうした声は大きくなっていきました。よくあることとは言え、不思議なものですね……。

 1970年代初頭と言うと、ソウル・ミュージックにはまだ娯楽というイメージが強くて、何度も言うようですが、シングルで聴くのが基本でした。ビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967年)以降、ロック・ミュージックではアルバムで聴かれるように変わってきているのに、ソウルはその変化が遅かったんです。理由は、一つはリスナーであるアフリカン・アメリカンの経済状況が白人に比べてまだ良くないこともあったでしょう。そしてもう一つは、音楽の評価をしていたのは白人の批評家やライターが圧倒的に多かったということです。ブラック・ミュージックに対する白人の批評家の視点は、いまのものとは違っていました。変わってきたのは、僕らの世代くらいからでしょう。『What's Going On』が出た当時、批評家として地位があったのはもっと前の世代の人たちでした。だから、この現在進行形のソウル・ミュージックを批評できる立場の人というのはおそらくほとんどいなかったんだと思います。

 僕自身は、この『What's Going On』が出た頃、実はソウル・ミュージックからちょっと離れていました。もちろん、1960年代の半ばから海賊ラジオで毎日のようにかかっていたモータウンやスタックス、アトランティックのソウルのシングル曲は大好きでした。1966年くらいからはブルーズを聴くようになったり、1967年頃にはサイケデリック・ロックの時代になったり、音楽の視野が広くなっていきます。そんな中、シングルとしての「What's Going On」は聴いていたけど、アルバムをすぐには買いませんでした。でも、1974年に日本に来る前には持っていたから、発売から少し遅れて1973年頃に買ったんだと思います。そのきっかけとなったのが『What's Going On』のあとに出た『Let's Get It On』(1973年)でした。マーヴィンは『What's Going On』のすぐあとに『Trouble Man(野獣戦争)』という映画のサウンドトラックを1972年に出して、翌年に『Let's Get It On』を発表します。

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 1973年の夏休み、友達数人とギリシアを旅行していたんですが、僕はそのときに失恋するようなことがあって、傷心を癒すこともできず、一人でロンドンに帰ってしまったんです。それで、仲が良かった音楽好きの友達の家に遊びに行ったら誰もいなかったんだけど、玄関の鍵は開いていた(笑)。勝手に上がり込んで友達の部屋に入ってみたら、ターンテーブルには出たばかりの『Let's Get It On』の輸入盤が乗っていました。「へぇー、こんなレコードが出ていたのか」と、聴いてみたら……。音楽としても素晴らしいんだけど、そのときの僕の心境にあまりにもピタッとマッチしていて、もう大衝撃で。当時、僕は大学を卒業して、とりあえずレコード店で働いていたのですが、早速のこの『Let's Get It On』とスティーヴィー・ワンダーの『Innervisions』を買い、それで最初の給料(週給)はほとんどなくなってしまいました(笑)。それはともかく、アルバムとしてのマーヴィンの作品の素晴らしさに目覚めたのはそのときでした。そこで『What's Going On』も遡って聴いて、最終的にはもしかしたら『Let's Get It On』以上に好きになったかもしれません。

 そんなふうにして、僕はまたマーヴィン・ゲイの大ファンになってしまい、その後のアルバムも聴いてはきましたが、結局のところいちばんハマったのは『What's Going On』と『Let's Get It On』、そして1976年の『I Want You』です。これもコンセプト・アルバムのような作りで、流れるように聴ける作品です。1976年はすでにディスコの時代で、『I Want You』ではそこまでの影響はありませんが、一定のリズムが気持ちよくてずっと聴けるような感じになっています。

 マーヴィンのアルバム作りには面白いところがあります。『What's Going On』は元々は他人が作った曲を自分でリメイクしました。『Let's Get It On』も、全部ではないけれど、最初はエド・タウンゼンドというソングライターが作ったものを、彼を共同プロデューサーに迎えつつ、やはりマーヴィン自身が一部作り替えて洗練度を高めて自分のサウンドにしています。聞くところによると、「Let's Get It On」も最初は恋の歌ではなく、「What's Going On」のような社会的なテーマを持った曲に仕上がる予定だったそうです。この頃、マーヴィンはまだ10代のジャニス・ハンターという若い女性に出会って一目惚れ。彼女への恋心を燃やすかのようにして作った『Let's Get It On』からは、そうした気持ちがビンビンと伝わってきます。『I Want You』でも彼女への想いが綴られていて、タイトルも示すような非常にロマンティックなアルバムです。これは、当時モータウンに所属していたシンガー・ソングライター、リオン・ウェアのソロ・アルバムとして作られたものをベリー・ゴーディーがマーヴィンに歌わせたいと、半ば強引に取り上げてマーヴィンの作品にしてしまったものですが、リオン・ウェアはこのアルバムのプロデューサーとしてクレジットされています。これもマーヴィンの傑作アルバムと言っていいでしょう。

 1978年の『Here, My Dear』は、邦題が『離婚伝説』というもので、アナ・ゴーディーとの離婚騒動の一部始終を表しています。発売当時、テーマに魅力を感じず僕はあまり聴いていませんでしたが、最近になって、このアルバムに対する世間の評価もだんだん高くなってきているようですね。その後、マーヴィンは少し低迷します。1981年にはモータウンでの最後のアルバムとして『In Our Lifetime』を出しますが、はっきり言って面白くありません。モータウンを離れたマーヴィンは、精神的に不安定になったりして、ドラッグに溺れるようになります。そんな彼はアメリカを離れ、知人のいるベルギーで過ごします。そこで出会ったのがマーヴィンの自伝の共作者であるデイヴィッド・リッツで、彼をコー・プロデューサーとして、実質的な最後のスタジオ・アルバムとなる『Midnight Love』を作り上げます。すると、収録曲の「Sexual Healing」が久々の大ヒットとなります。気分良く、アメリカに帰ってきたマーヴィンでしたが、なんとお父さんとの口論が発展して銃で撃たれて亡くなってしまいます。それは1984年の4月のことで、マーヴィンの45歳の誕生日の前日でした。まだ生きていれば今年で80歳になっていました。

 1984年というと、僕にとってはテレビの音楽番組『The Popper's MTV』が始まった年で、マーヴィンの訃報が届いたのは第1回目の放送前のことでした。何かかけたいなと思ってヴィデオを探したのですが、彼の黄金期を捉えた映像はほとんどありませんでした。1960年代にイギリスで放映されていた『Ready Steady Go!』のモータウン特集とか、あるいはアメリカのテレビでは映像も使われていたようですが、僕らが入手できる素材はなかったので、結局「Sexual Healing」を観てもらうことになりました。

 マーヴィン・ゲイというと、社会派のアーティストというイメージも一部にはあるかもしれませんが、そればかりというわけではありません。『What's Going On』を作ったのはヴェトナム戦争の最中だったし、彼の弟も出兵していたから、その様子は直に伝わっています。そもそも、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争と、多くの黒人が軍隊に入って国のために戦っているんだけど、そのわりに社会的地位が良くならない。そこに対する不満もあったところに、ヴェトナム戦争ではまた相当な数の黒人たちが戦場に送り込まれました。マーヴィンだけでなく、かなり多くの人たちがそういう気持ちを持っていたはずです。そして、そういう背景を反映させた作品がレコード会社の社長にダメ出しされても、それを受け入れるマーヴィンではありません。そこは頑固な人だったようです。人の言うとおりにはしたくない−−−それは子供のときからそうだったらしいです。そんな性格が、作品作りに功を奏したところもあったのではないかと思います。つまり、社会的な意識が特に高かったというわけではなく、『What's Going On』にしても、フォー・トップスでは出さないことになったものを聞きつけて興味を持って、自分なりの編曲を施して作品化しています。いま思えば、そのときの社会の空気を上手く掴むことに成功したレコードだったと思います。『Let's Get It On』も『I Want You』も、人が作ったものを上手に工夫して自分のものにする才能が発揮されたということでしょう。彼のもとに届いたものを「あ、これはいいね」と認められるセンスと、それを基にアルバムとして仕上げる才能に恵まれたミュージシャンだったのではないかと、そんな気がします。

 シンガーとしてのマーヴィン・ゲイはとにかく声が良くて、それも心に届く声なんです。わりとくだらないことを歌っていても、なぜか好きになってしまう(笑)。『Let's Get It On』は本当に傑作アルバムだと思います。「If I Should Die Tonight」なんか、もうヤバイ。男なのにものすごい色っぽさを感じてしまうんです。このアルバムも参加ミュージシャンがいいんです。ベイスはジェイムズ・ジェイマスンとウィルトン・フェルダーだし、パーカションやドラムズにはボビー・ホール・ポーターやエディ・“ボンゴ”・ブラウン、ポール・ハンフリー、ユリエル・ジョーンズが入っていて、ギターにはデイヴィッド・T・ウォーカーやワー・ワー・ワツンとして知られるメルヴィン・レイギンなど一流どころをたくさん起用しています。サックスのアーニー・ウォッツとプラズ・ジョンスンもいますね。みんな上手な人ばかりです。また、指揮者のレネ・ホールはかつてサム・クックのレコードでも編曲を担当していたヴェテランです。

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『What's Going On』ユニバーサルミュージック UICY-15061

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『Let's Get It On』ユニバーサルミュージック UICY-15062

Recommended Album

いまあらためて聴く、1972年の未発表作品

Marvin Gaye『You’re The Man』

 『What's Going On』の翌年、マーヴィンは同じような主張のレコードを出そうとしていました。そのアルバムのタイトル曲は「You’re The Man」。僕は当時、シングルで発売されたこの曲を知りませんでした。長い曲なので、パート1(A面)とパート2(B面)に分けて収録されていましたが、その売上が振るわなかったため、アルバムとしての発売は頓挫してしまいました。それが今年になって、正式に発売されることになりました。アルバム『You’re The Man』のクレジットを細かく見てみると、複数のプロデューサーが関わっていて、全17曲中、アルバムとして作られたのは10曲くらいでしょうか。

 まず、「You’re The Man」は、「What's Going On」以上にあからさまに政治的な曲です。「私はあなたに投票します」という、選挙のキャンペーン・ソングのようなもので、売上が芳しくなかったのはそのためではないかと思われます。『What's Going On』は、政治的と言うよりも社会的な意識が強いレコードで、戦争や子供、環境の問題などいろんなことをモチーフにして、多くの人が関心を持てる作品でした。ところが、『You’re The Man』のように政治色があからさまだと、その主張には当然賛否が分かれるわけで……、チャートが伸びなかったのも仕方ないかな。それはどの時代でも同じことだと思います。結局、モータウン側からも支持されることはなく、マーヴィンもこのアルバムに関してはあきらめの気持ちがあったのかもしれません。気を取り直して、サウンドトラック『Trouble Man』の制作に力を注いだのではないでしょうか。また、そうこうしているうちに『Let's Get It On』の話が舞い込んでくるわけです。

 ただ、あらためて『You’re The Man』を聴くと、アーティストとしてマーヴィンのいちばんいい時期で、音楽的にはすごくいいんです。「You’re The Man」の参加ミュージシャンを見ても、ギターにレイ・パーカー・ジュニアやメルヴィン・レイギンがいて、ベイスは当時まだ10代のマイケル・ヘンダスンです。彼はスティーヴィー・ワンダーのツアー・バンドにいた若者で、その後、マイルズ・デイヴィスのエレクトリック・バンドに引き抜かれて、超ファンキーなベイスを披露していました。

 このアルバムのクレジットからはモータウン・レコードの動きも見て取れます。1曲目の「You’re The Man」は1972年の3月〜4月に、デトロイトのモータウン・スタジオで録音していますが、その頃、モータウンはL.A.への移転を進めていました。ベリー・ゴーディーには映画やサントラも作りたいという野望があったんですね。でも、マーヴィン・ゲイは人の言うことを聞かない人だから、モータウンがL.A.に移ることになっても最初はデトロイトに残っていたんです。だから、「What's Going On」にはデトロイト・ミックスとL.A.ミックスという二つのミックスが存在して、初出はL.A.ミックスで、後のデラックス・エディションのボーナス・トラックにデトロイト・ミックスも発表されています。2曲目の「The World Is Rated X」もいい曲ですが、これは8月以降にL.A.で録音されています。半年くらいの間に、マーヴィンもしぶしぶL.A.に移ってきているんですね。

 3曲目の「Piece Of Clay」の作曲者はグロリア・ジョーンズとパメラ・ソイヤーという二人の女性です。曲のプロデューサーも彼女たちです。たぶん、マーヴィンのために書き下ろした曲だと思います。パム・ソイヤーは、モータウンで活動していたソングライターです。歌手でもあったグロリア・ジョーンズは、マーク・ボーランのパートナーとしても知られています。マーク・ボーランが亡くなった自動車事故ではグロリア・ジョーンズも大怪我を負いました。1981年にソフト・セルというイギリスのグループが「Tainted Love」を大ヒットさせましたが、この曲のオリジナルを歌っていたのがグロリア・ジョーンズです。

 この『You’re The Man』はまったくの未発表というわけではなく、他のアルバムのデラックス・エディションやコンピレイション盤に収録されていたものですが、今回ようやくまとまって発表されることになりました。やはり同じ時期に録音されたものだから、一つのアルバムとして聴くとしっくりくる感じがあります。ボーナス・トラックだとちょっと散漫に聞こえてしまうところがありますからね。そういう意味で、この新しいアルバムを聴いているといいなと思える曲がいくつかありました。僕は特にこの「Piece Of Clay」はとてもいい曲だと感じました。

 次の「Where Are We Going?」はフレディ・ペレルとアルフォンゾ・“フォンズ”・マイゼルがプロデューサーで、ラリー・マイゼルとラリー・ゴードンの作曲です。このあたりの人は、ジャクソン5がデビューしたときに、ザ・コーポレイションと名乗っていた作曲チームとも重なっています。そして、このマイゼル兄弟のラリーは、ジャズのトランペット奏者ドナルド・バードの『Black Byrd』(1973年)というブルー・ノートのアルバムを手がけて大ヒットを飛ばします。A面の1曲目、飛行機の音で始まる「Flight Time」を聴いてみましょう。僕がロンドンのレコード店で働いているときに、たまたま店内でこの曲がかかっていて、思わず「格好いい! この曲は何?」って言ったのを覚えています。実際にこのレコードはよく売れていましたね。それまでのドナルド・ハードを知っている本筋のジャズ・ファンからは「これは裏切り行為だ」という声も上がってはいましたが、歴代のブルー・ノート作品の中でも断トツのヒットを記録しました。5曲目「I'm Gonna Give You Respect」から8曲目「We Can Make It Baby」まではウィリー・ハッチが作曲・プロデュースした曲が続きます。ウィリー・ハッチもモータウンでソロ・アルバムを出しているし、映画音楽も手がけています。大ヒット曲はないものの、職人的なミュージシャンとして高い評価を得ています。このあたりの曲は悪くないけど、傑作とまでは言い難いです。これまで正式に出ていなかったのも無理はない感じはします。

 『You’re The Man』にはマーヴィンが自分で書いてプロデュースした曲があったり、クリスマス・ソングも2曲入っています。「I Want To Come Home For Christmas」は、当初はシングルとして予定されていたのがキャンセルになったようですが、おそらくヴェトナムの戦場に赴いている兵士たちの気持ちを歌ったものだろうと思います。

 最後に収録されている「Checking Out(Double Clutch)」はちょっと面白い曲です。歌詞はちゃんとしたものではなく、「ここにいるのはデトロイトの仲間さ。みんなでスタジオに集まってジャムしてるんだ」とか言っているだけなのですが、これがまた格好いい(笑)。この曲の録音はいちばん古くて、1971年のデトロイトです。メルヴィン・レイギンやレイ・パーカー・ジュニア、マイケル・ヘンダスン、そしてドラムズはハミルトン・ボハノンですね。彼はデトロイトでボハノンというファンク・バンドを結成していました。

 そしてもう一つの注目は、「My Last Chance」「Symphony」「I'd Give My Life For You」という主にマーヴィンが作った3曲でサラーム・レミがミックスを担当していることです。マイアミで活動するサラームはヒップホップ時代のプロデューサーで、エイミー・ワインハウスの「Rehab」が入っているアルバム『Back To Black』(2006年)の半分くらいは彼がプロデュースしています。「My Last Chance」あたりはどこかヒップホップふうの音作りになっていますね。

 まぁ、こんなふうにクレジットを凝視しなくても(笑)、アルバムとして気持ちよく聴けるように曲順も工夫されているし、これはこれでいいように思います。

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『You’re The Man』ユニバーサルミュージック UICY-15825

Coming Soon

新世代のジャズ・シーンを牽引するサックス奏者の来日公演
MARCUS STRICKLAND “Twi-Life”

COTTON CLUB
2019 7/14(Sun) & 7/15(Mon)◎1st Stage Open 4:00pm Start 5:00pm / 2nd Stage Open 6:30pm Start 8:00pm
2019 7/16(Tue)◎1st Stage Open 5:00pm Start 6:30pm / 2nd Stage Open 8:00pm Start 9:00pm

 ロバート・グラスパー以降、ジャズとヒップホップの接近が進んでいます。また、カマシ・ワシントンの登場は、いわゆるスピリチュアル・ジャズに久々にスポットが当たる契機となりました。ロンドンあたりでは、そんな彼らに影響を受けた若い世代のジャズ・ミュージシャンがたくさん台頭していて、シーンを活気づかせています。別のシーンでは逆にヒップホップの人がジャズに接近してきたり、そういう意味では面白い時代になってきました。

 7月に東京・丸の内のライヴ・レストラン「COTTON CLUB」で日本公演を行うマーカス・ストリックランドはロバート・グラスパーらと同じ世代のアメリカのサックス奏者です。2016年にはMarcus Strickland's Twi-Lifeというユニット名義で、ブルー・ノートから『Nihil Novi』というアルバムを、ミシェル・ンデゲオチェロをプロデューサーに迎えて発表しました。そして2018年の11月に、同じ名義でブルー・ノートから2枚目となる最新作『People Of The Sun』を出しました。

 この世代のミュージシャンはいろんな音楽を聴いていて、なおかつ発想が自由だから、音楽をする頭が凝り固まっていないんですね。中にはどっち付かずな感じの人もいますけど(笑)、いまや何をもってジャズと呼ぶべきかは分からないところもあるような……。まぁ、ずっと続いている過渡期なのでしょうね。ただ、このところスピリチュアルと言われているのはかつてモーダル・ジャズと呼ばれていたものに基本的には近いと思います。時代ごとに流行る呼び方もあるけれど、そういうものに惑わされるのもどうでしょう。ジャンルが細分化されて増えていくことなんか、僕はどうでもいいと思うんです。

 話が逸れましたが、ロバート・グラスパーはもちろん、このマーカス・ストリックランドもジャズだけじゃなく、R&Bやヒップホップなどいろいろな音楽を吸収しているから、ビート的には僕のような人間もついていきやすいですね。

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『People Of The Sun』

PB’s Sound Impression

音楽再生ソフト「Roon」+ハイレゾ・ストリーミングの利便性
「いろんなミュージシャン像を、いい音で辿れるのは楽しいね」

今回のA Taste of Musicは、iFi audioなどのオーディオ・ブランドを扱っている輸入代理店トップウイング・サイバーサウンドグループ「ENZO j-Fi LLC.」の試聴室で、QobuzやTidalの高音質なストリーミング・サービスを、同社の嶋田亮さんお勧めの統合型音楽再生ソフト「Roon」を使って試聴。バラカンさんに、その利便性と対応オーディオを含めた高音質を体験していただきました。(編)

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Roonの面白さを教えてくれたENZO j-Fi LLC.の嶋田亮さん(左)と

PB 今日もマーヴィン・ゲイからマーカス・ストリックランドまで、様々な音楽をいい音で聴かせてもらいましたが、聴きたいと思っていたアルバムはすべてストリーミングにあったから、念のため持参したCDは出る幕がありませんでしたね。あらためて、ここのシステムを説明していただけますか。

嶋田 はい。先ほどから、バラカンさんにはパソコン(Mac Pro)の画面で操作していただいていますが、実はデジタル・データをアナログの音声信号に変換するDAコンバーターとMacはUSBで直に接続されていません。すべては同一のネットワークとしてLANケーブルで繋がっています。今回お聴きいただいたQobuzとTidalのストリーミング・サイトからのデータは光回線でブロードバンド・ルーターに届き、そこから先がLANとなります。そして、それらの音源を管理しているのがRoonなのですが、Roonはまさにネットワークを組んで動かすためのシステムなんです。

PB こういうものがあることを僕は知りませんでした。いまやいろんなストリーミング・サーヴィスがあることはもちろん知っていますが、このRoonというプレイヤー・ソフトがそうした中から音源とアーティストや作品に関する情報を探してくれるというのは、これはかなり画期的なことですよね。ただ、Roonに対応しているストリーミング・サーヴィスが、SpotifyやApple Musicではなく、高音質を謳っているTidalやQobuzといったプレミアムなサイトなので、一般の音楽ファンにはちょっとハードルが高いかな?

嶋田 ただ、圧縮音源ではなく、CDレベルかそれ以上のデータをストリーミングで聴けるのはやはり魅力です。

PB なるほどね。そんなRoonの特徴を生かすには、この環境のように複数のストリーミング・サーヴィスに加入したほうがいいのでしょうか。

嶋田 いえ、Roonはストリーミングだけでなく、ローカル・サーバーにある音源、つまりCDリッピングした音楽ファイルやダウンロードしたハイレゾ・ファイルも並列して同時に扱ってくれるので、その意味ではストリーミングとそれ以外のデータを上手く両立できて便利です。ちなみにQobuzはヨーロッパ発のサービスなのに対して、Tidalはアメリカのサービスということで、ヒップホップなども充実しています。

PB 何しろJay-Zが社長ですからね(笑)。

嶋田 いまのところ、両者で補完している感じはありますね。クラシックはどちらかというとQobuzのほうが充実しているでしょうか。

PB それにしても、英語ではあるけれど、作品のライナーノーツやレヴュー、さらに歌詞まで表示されるのは面白かったですね。

嶋田 そうしたメタ・データも、QobuzであろうがTidalであろうが、あるいはローカル・サーバーにあるものであろうが、それらを統合して参照できるのもRoonの面白い特徴です。

PB ということは、自分で工夫する余地もあるということですね。

嶋田 はい。メタ・データを編集して楽しむことも可能です。ひととおり、お使いになってみた感触はいかがでしたか。

PB ハイエンドのディジタル・オーディオ・プレイヤーとして、使い勝手はかなり良かったですね。インタフェイスは分かりやすく、反応も速い。僕はこのソフトを今日初めて触りましたが、難なく使えました。音源のクオリティは、例えばマーヴィン・ゲイの『You’re The Man』は16bit/44.1kHzでしたが、『What's Going On』は24bit/192kHzのハイレゾをストリーミングで聴いても、音が途切れることもありませんでした。

嶋田 通常の光回線であれば、その辺は問題ないようですね。Roonはヴァージョンが上がる度に音もどんどん良くなっているようです。僕の感覚では、例えばTidal独自の再生ソフトと比べると、音の良さは歴然としています。Roonに対応するオーディオ・デバイスも、いまのところはどちらかというとハイエンド寄りのブランドが多いので、高音質を求める音楽ファンには注目のソフトと言えるでしょう。

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ENZO j-Fi LLC.の試聴室。右スピーカーの左下に見えるのがブロードバンド・ルーターで、そこから先にLANが組まれている

PB 今日聴かせてもらったオーディオ・システムもRoonに対応しているから聴けたわけですね。

嶋田 そうですね。Roonが使えるDAコンバーターなどのデバイスには「Roon Ready」や「Roon tested device」といった認証を受けています。当社が扱っているブランドでは、SONORE(ソノーレ)やiFi audioが該当し、今日のシステムにはSONOREのultraRenduというLAN-USBオーディオブリッジ、あるいは我々がネットワーク・トランスポートと呼んでいるRoon Readyのデバイスが含まれていて、これがネットワーク上にあることで、Roon非対応のUSB-DACでもRoonを安定的に使えます。

PB Roonならではの良さはほかにもありますか。

嶋田 Roonにはいろんな機能がありまして、例えばかなり前に聴いたものでもログがしっかり残っているんですよ。だから、1ヵ月くらい前に聴いたものもヒストリーで調べるとすぐに出てくるのは便利です。

PB 言語は日本語にも対応していますが、ちょっと微妙なところもありますね。英語表示に戻しておきました(笑)。

嶋田 Roonはオーディオのセッティングもかなり細かく行うことができます。例えばDSDの再生方式をどうするか、ボリューム・コントロールをどこで行うか、レイテンシーを短めにするか長めにするかといったことなどマニアックな設定も可能です。そして、ここの環境は先ほどもご説明しましたように、すべてのデバイスがネットワーク上に存在しているのですが、パソコン(Mac Pro)に載っているRoonの機能の内の操作部分について触れますと、これは単なるコントローラーに過ぎないので、その部分だけをMacからiPadに替えることもすぐにできます。

PB あー、あるほど。反応も速くていいですね。

嶋田 しかもこれ、どこから音を出すかも切り替えることができるんです。例えばほかの部屋に別のDACとスピーカーなどがあり、ネットワークにさえ繋がっていれば、そこで音楽を再生することも簡単にできます。複数のシステムをお持ちでも、iPadだけを持って移動すればどこでもQobuzやTidal、そしてローカル・サーバーの音源を楽しむことが可能です。ストリーミング・サービスは新譜が出るタイミングも遅くはないし、なかなか快適です。

PB うん、今朝聴きたいと思っていたブラッド・メルダウの新作『Finding Gabriel』もちゃんと出ています。またドラムズのマーク・ジュリアナと一緒にやっているんですね。

嶋田 トリオのアルバムとはテイストが違いますね。

PB そうですね。マーク・ジュリアナとは5年ほど前にも一緒にやっていました。

嶋田 Roonならマーク・ジュリアナからどんどん音源を辿っていくことも簡単に出来ますから、時間がいくらあっても足りません(笑)。

PB 映画『グリーンブック』のところではドン・シャーリーの音源も辿ることができ、この人の音楽的な人物像も少しずつ見えてきました。これだけ音源が揃っているのは立派ですね。

嶋田 僕は昔、タワーレコードでバイヤーをやっていたこともあるのですが、まさかこんなふうにハイレゾが空から降ってくる時代が来ようとは思いませんでした(笑)。

PB そうですね。まぁ、この部屋にはアナログ・レコードが何万枚かあるみたいで、もちろん僕はそれをかけることに何の苦労も感じないけど、このRoonなどを活用した音楽の新しい聴き方はめちゃくちゃ便利でした。今日の取材みたいに限られた時間にこれもあれも聴いてみようとその場で検索しながら、しかもいい音で聴けるというのは、ちょっと贅沢すぎるかも(笑)。

嶋田 でも恐ろしいことに、使っているうちにやがてそれが当たり前になってしまうんですよ。まぁ、それでもアナログ・レコード店には足繁く通っていますけれど(笑)。

PB そうですか。今日は僕にとっても楽しい体験でした。

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高音質ストリーミング音源が楽しめる試聴室のシステム接続図

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Roon Readyの認証も受けているSONOREのultraRendu。単体のDAコンバーターをネットワーク・オーディオ・プレイヤーに変えるLAN-USBオーディオブリッジとして機能する

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ultraRenduからのデータを受けるのはXI AUDIO(イレヴン・オーディオ)のSagraDAC。コア部品にこだわりのディスクリートR-2Rモジュールを実装するなど、アイデアと技術を惜しみなく投入したハイエンドなDAコンバーター

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SagraDACのアナログ出力と繋がるiFi audioのPro iCAN(上)はスタジオ・グレードのヘッドフォン・アンプにもなるプリメイン・アンプ。ソリッド・ステイトと真空管という、「二つの心臓」が搭載されている。「今日は真空管のバッファー・アンプとして使用しました」と嶋田さん。下はiFi audioの人気モデルPro iDSD(DAC)。そして、Pro iCANとPro iDSDが載っているスタイリッシュなラックは、多重共鳴抑制サンドウィッチ構造を採用し、最適な制動と隔絶を実現するPro iRack

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スタジオ・モニター・コントローラーのGRACE DESIGN m905(写真はそのリモート・コントロール・ユニット)。

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m905と繋がるステレオ・パワーアンプはBoulder 2060

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そしてスピーカーはATC SCM150SE

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ライン・ケーブルや電源ケーブルにはAcoustic Reviveのハイエンド・モデルが多数導入されている

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今回は試聴しなかったアナログ・システム。トーン・アームにはTOP WINGのハイエンド・カートリッジ青龍が装着されていた

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まるでデータ・ベース・サイトのようなQobuzのクレジット表示。ここからそれぞれの関連作品へ飛び、クオリティの高い音が聴けるのはやはり楽しい

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タブレット(iPad)での使い勝手も良好

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クラシックとジャズを愛聴する嶋田さんのアナログ・レコード・コレクションで埋まった壁面。レコードは隣の部屋にもびっしりと詰まっている

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トップウイング・サイバーサウンドグループのリペア・センター。写真はその工房で作業する寺門秀瑛さん

◎主な試聴システム

LAN-USBオーディオブリッジ:SONORE ultraRendu
DAコンバーター:iFi audio Pro iCAN(真空管バッファー・アンプとして使用)
スタジオ・モニター・コントローラー:GRACE DESIGN m905
パワー・アンプ:Boulder 2060
スピーカー:ATC SCM150SE