僕は特に初期のストーンズが好きで、リズム&ブルーズとかソウルとか、彼らのおかげでそういう音楽に少しずつ親しむようになりました。マディ・ウォーターズもそうだし、オーティス・レディングも2枚目の『The Rolling Stones No.2』でカヴァーしていた「Pain in My Heart」で初めて知ったようなもんですから。あの頃は、そういうふうにして教えられることがすごく多かったですね。もちろん、ビートルズも初期はいろんな曲をカヴァーしていましたが、彼らはモータウンやガール・グループの曲などをよく取り上げていましたね。リズム&ブルーズの中でいちばんポップなチャック・ベリーはみんなが共通してやっていましたが、ビートルズはブルーズ・バンドには向いていない。それは本人たちも分かっていたと思います。だからこそ、無理にブルーズをやろうとはしなかったのでしょう。ジョン・レノンは好きそうですけど、バンドとしてはそっちのほうには行かなかった。ビートルズもストーンズも、それぞれに適した方向に歩んだから良かったんだと思います。
ストーンズがちょっとサイケデリックになった時期は、僕にとっては彼ららしいとは思えなくてあまり聴いていませんでした。その後の『Beggars Banquet』(1968年)では初期の雰囲気に戻ったのでまた好きになりました。ここから1972年の『Exile on Main St.』まではどのアルバムも、甲乙付けがたい力作ばかりです。次の『Goats Head Soup』(邦題は『山羊の頭のスープ』1973年)はいまひとつ好きな曲がなくて、『It's Only Rock'n Roll』(1974年)は、はっきり言ってつまらなかった。あの頃から、「世界一のロックン・ロール・バンド」というようなレッテルを背負うことになったんですね。本人たちはどう意識していたかは分からないけれど、どこの雑誌でも必ずそういうふうに書かれるようになるとロクなことはないと思うんですよ。あんまり一生懸命やっている印象もなくて……。ヒット曲がないわけではありませんが、個人的には用がないということが多かったんです。もちろん、これはあくまでも僕の個人的な感想でしかありませんが。
そんなわけで、昨年末に出た全曲ブルーズのカヴァーという新しいアルバム『Blue & Lonesome』は、僕にとって『Exile on Main St.』以来のヒット作となりそうです。発売前に、どうやらこんなアルバムになりそうだというニューズを耳にしたときは、やや眉唾な気持ちだったんですが(笑)、聴いてみたらビックリするほどいいアルバムでした。「やっぱりこの人たちにはこれがあるじゃないか」と、強く思いました。
それではローリング・ストーンズのカヴァー・アルバム『Blue & Lonesome』について見ていきます。彼らにとって、カヴァー曲ばかりのアルバムは恐らく今回が初めてでしょう。ファースト・アルバム『The Rolling Stones』もほとんどがカヴァーでしたが、オリジナルも3曲入っていましたよね。今回のアルバムは、彼らのルーツに戻るような内容です。でも、それを最初から企画して作ったわけではなくて、たまたまやってみたら勢いに乗って、たった3日間でアルバム1枚分の曲が録れちゃったということらしいですね。TBSのテレビ取材で、ロニー・ウッドが語ったのを聞いて、「なるほど、そういうことだったのか」と思いました。当初はオリジナルの新曲を作るつもりだったけれど、なかなか進まなかったそうなんです。あれだけ長くやっていると、そう次々に曲ができるものでもないでしょうね。ある曲で、キース・リチャーズはミック・ジャガーにハーモニカを吹いてほしいと思っていたそうです。でも、だからと言って直接そう頼んでも、思い通りにやってくれるわけでもないようで。そこで、どうしたらミックがその気になってくれるかをキースが考え、ロニーには、今度のアルバムのタイトル曲になったリトル・ウォルターの「Blue & Lonesome」を覚えておくように言ったそうです。それで、スタジオでちょっと煮詰まったときに、キースが気分転換に「Blue & Lonesome」でもやらないかと促します。そうしてやってみたらキースの目論みどおり、ミックが歌いながらハーモニカを取り出して吹いたんだそうです。もちろん、レコーディング・エンジニアは抜け目なく録音ボタンを押しています。プレイバックしてみると、「おお、いいね!」ということで、さらにもう1曲、ほかのもやってみようということになったそうなんですね。
このレコーティングは、元ダイアー・ストレイツのマーク・ノップフラーが持っているブリティッシュ・グローヴというスタジオで行われました。ストーンズはデビュー当時、ロンドンの西南に位置するリッチモンドのクローダディー(Crawdaddy)というクラブでハコバンをしていました。そのリッチモンドのすぐそばにツィケナムという街があって、そこを流れるテムズ川にイール・パイ・アイランド(Eel Pie Island)つまりウナギ・パイの島という小さな中州があるのですが、どうやらそこにブリティッシュ・グローヴ・スタジオはあるようです。そこには二つのスタジオがあり、もう一つのスタジオではエリック・クラプトンがミックスの作業をするために来ていたらしいんですね。当然、エリックとストーンズは昔からの顔なじみですから、「こっちに来いよ」ということで(笑)、結局2曲でギターを弾いています。
ただね、エリックが参加しているのはいずれもアルバムの中ではわりと知られている曲なんですね。一般的に言ってこういう企画は、オリジナル曲があまり知られていないほうが、効果が大きいと思うんですよ。誰でも知っている曲だと、元の曲と比較されてしまうじゃないですか。特にいちばん最後のオーティス・ラッシュの名曲「I Can't Quit You Baby」なんかは、この曲をストーンズがやるべきではなかったんじゃないかなと思いました。もう1曲の「Everybody Knows About My Good Thing」はすごく有名というほどではないけれど、まぁ、そこそこ知られたナンバーで、70年代の初頭にリトル・ジョニー・テイラーというブルーズっぽいソウル・シンガーの一応ヒット曲ではあります。これはこれとして、みんながあんまり知らない曲を採り上げるほうがストーンズらしさは出しやすいのではないかなと思います。実際にあとの10曲を知っている人は相当少ないと思いますね。リトル・ウォルターが4曲、ハウリン・ウルフが2曲、あとはマジック・サムやエディ・タイラー、ジミー・リードなどなど。ごくシンプルにできたアルバムなんだけど、ストーンズらしさに溢れたレコードだと思いました。ただし、このジャケットはお粗末です(笑)。
それではTADのオーディオ・システムで、このアルバムから「Commit a Crime」、「All of Your Love」、「Little Rain」あたりを聴いてみましょう。確かに録音は、何度も取り直したり編集したりせず、ラフな感じをそのまま打ち出しているようですが、それがかえってすごくきれいに聞こえます。このスピーカーのおかげかもしれないけど、本当にスタジオで聴いているような感じがしますね。音がすごく活き活きしている。彼らのロックン・ロールのアルバムにも、こういう感じがほしいね。スタジオ機材に頼って作り込み過ぎるよりも、こういうラフなままのロックン・ロールができるなら、ある意味では理想的だということもある。ミックスもそんなに手の込んだことはしていないし、こういうアルバムはやり過ぎると面白くなくなっちゃう。そこはプロデューサーのドン・ウォズらが上手くやっているようで、バランス加減がちょうどいいですね。
今回は、オリジナル曲のほかにカヴァーを3曲収録しています。いまお話ししたホレス・シルヴァーの「Peace」、デューク・エリントンの「African Flower」、そしてニール・ヤングの「Don’t Be Denied」です。ノーラ・ジョーンズとニール・ヤングには、子供の頃にお父さんが不在だったという共通点があるのですが、この曲にはそんな頃の話が出てきます。また、音楽業界に対する幻滅した気持ちも歌詞に表れているのですが、そういった部分にも彼女は共鳴しているようです。ホレス・シルヴァーもやればニール・ヤングもやるというのも、ちょっと面白いセンスですよね。これまでも、ややメッセージ・ソングっぽい曲もあったけど、思い切り強いメッセージまでは行かないのが彼女のやり方なのでしょう。自分のことに引き戻したり、いろんな意味にとれるようにしていたり。以前はブッシュ政権批判みたいな曲もありましたが、今回のアルバムではそこまでは言っていないようです。まぁ、彼女ももう、デビューから15年にもなりますし、母親にもなって、変わっていった部分もあるのでしょうね。いまは子育て中心の生活で、子供たちの世話をしている中で、ちょっと手が空いたときにすぐ弾けるよう、台所にピアノを置いてあるらしいですね(笑)。この『Day Breaks』は、僕にはデビューの頃よりも、深みのある作品になっていると感じました。
今回、僕がお薦めしたいのは、3月4日にブルーノート東京で来日公演を行う女性歌手のブイカです。アフリカ系のスペイン人で、生まれたのはマヨルカ島。いまはマイアミに住んでいるそうです。今年で45歳になり、すでにアルバムを7〜8枚ほど出していますが、音楽だけでなく、詩を書くなど作家としての活動も行っているようです。彼女の両親はカメルーンの南にある赤道ギニアという小さな国から亡命してスペインへ渡ったらしいです。そんな彼女のヴォーカル・スタイルは、基本的にはフラメンコで、非常にエモーショナルな歌い方をします。しかも、アフリカ系の人ならではの声帯によって、太くてちょっと低め。一度聴いたら忘れられない声の持ち主です。僕が聴き始めたのは2006年あたりですが、その頃のアルバムはハヴィエル・リモーン(Javier Limón)という同じくスペインのプロデューサーが手掛けていました。彼はフラメンコをジャズっぽく発展させたようなアルバムをよく作る人です。自身もミュージシャンで、スペインの若い世代による新しいタイプのフラメンコ解釈というものを示しています。彼の音作りとブイカの声で、本当に独特の音楽が出来上がり、ずいぶん話題になりました。2008年にも来日していて、僕はそのライヴを観たのですが、すごく良かったんです。フラメンコやジャズ、そして最新作の『Vivir Sin Miedo』(2015年)ではさらにヒップ・ホップの要素も見え隠れしていますね。いろんなタイプの曲に挑む、とてもいい歌手です。久々の来日ですが、とても楽しみです。