The Beatles / The Rolling Stones / Wilson Pickett / Otis Redding / Isley Brothers / Four Tops / Eagles / Steely Dan / XTC / Grace Jones / Yellow Magic Orchestra / Shelby Lynne / Snarky Puppy / Paul Simon
構成◎山本 昇
この「A Taste of Music」という、オーディオ関連メーカーがサポートしてくれるWebマガジンを始めるとき、「僕でいいのかな」って、ちょっと思ったんです。というのも、僕が家で聴いているのはごくごく普通のオーディオでしかないからです。そもそも、僕はいつもいい音楽を聴いていたい。このA Taste of Musicに協賛している6社のオーディオ関連メーカーも、多くの人たちにいい音で聴いてほしいと考えています。そこで、このA Taste of Musicでは、僕は音楽の方面から、サポートしてくれるメーカーはオーディオの面からのアプローチで、音楽好きを一人でも増やしたいと気持ちを一つにして活動を展開しています。
ふだんはWebに掲載した記事を読んでいただいているわけですが、昨年から、実際に音楽を聴いてもらうためのイヴェントも始まりました。そして、これまでのイヴェントは東京でしか開催していませんでしたが、今日は初めて、ここ新潟県南魚沼市浦佐にあるライヴカフェ「レオン」での「出張版“A Taste of Music”」を行うことになりました。
今回はどんな内容にしようかと考えたのですが、すでにあちこちで話題になっているように、いまからちょうど50年前にビートルズが日本にやって来ました。そこで、まずはビートルズの音源を聴いていただいて、前半はその1966年に出た音源の中から僕が好きな音楽をいくつか紹介します。そして後半は、ポピュラー音楽の歴史の中で、音的に興味のあるものを順に取り上げていきます。
最初に聴いていただくのは、ちょうど梅雨時ということで、ビートルズが1966年に出したシングルの「Rain」。「Paperback Writer」のB面に入っていた曲です。
お客さんの中で、リアルタイムでビートルズを聴いていた人はいますか。この中では、さすがに僕がいちばん年上かな……ああ、少しいらっしゃいますね。ビートルズをリアルタイムで聴いていると分かるのですが、だいたいのシングル曲はオリジナル・アルバムには入っていないんですね。当時のファンはシングルもアルバムも両方をすぐに買うから、多くの人が同じ曲を2回買わなければならなくなるのは可哀想だという考え方だったんですね。そして、シングルにはA面があればB面もあるわけですが、ほかのバンドならシングルのB面にはどうでもいい曲--まぁ、1回聴けばもういいような曲がいっぱいあったのですが、ビートルズの場合はそういうことはなくて、むしろA面よりも味わいがあったり、何度も聴きたくなるような曲が多かったんです。この「Rain」は僕にとって、B面だけど大好きになった曲の最たるものかもしれません。
ビートルズと言えば、以前、ジョージ・マーティンにインタビューしたときに彼が言っていたのは、1960年代のイギリスではステレオ装置を持っている人がそんなにいなかったから、ビートルズもモノを中心にレコードを作っていたということです。当時、彼らが所属していたEMIレコードにステレオ(2トラック)のテープ・レコーダーが初めて導入されたとき、クラシック関係者しか触ってはいけないことになっていたらしく、ポピュラー畑のジョージ・マーティンは一切触れなかったそうです。でも、彼はビートルズの録音で、こっそり使ってみたらしいんですね。そのときに彼は、片方のトラックに歌を、もう片方のトラックにすべての演奏を録音しました。なぜそうしたかと言うと、あとでモノラル・ミックスのバランスを調整することができるからで、そのおかげでいいミックスができていたそうです。しかしあるとき、会社の誰かが、そのままステレオとしてレコードにしてしまったらしいんですが、それはとても聴けたものではないですよね。でも、当時のレコード会社は平気でそんなことをしたものだと言っていました。
1966年の時点では、マルチトラックのテープ・レコーダーと言えば、4トラックしかありませんでした。だから、大して複雑なことはできませんけど、この「Rain」を聴くと、逆回転の音が最後のほうに出てきますね。1965年頃からミュージシャンはマリワナをやったり、新しもの好きだったらLSDに手を出したり、そんな影響もあるのか、ちょっと変わった音を好む人が少しずつ増えてきました。ビートルズも、先鋭的なことをかなりやっていたんですね。ジョージ・マーティンは、例えば逆回転が面白いと思ったら、彼らはしばらくそればっかりやっていたと話していました。
次に聴いていただくのは、1966年の来日直後に発売されたアルバム『Revolver』です。このアルバムにも、当時とても驚かされるような音が入っていました。では、いちばん最後の曲「Tomorrow Never Knows」を聴いてみましょう。
音源は、先ほどの「Rain」と同じく、2009年にデジタル・リマスターされた“モノ・ボックス”からのCDですが、元が1966年のマスターと考えれば驚異的にいい音だと思います。『Revolver』の次のアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967年)では2台の4トラック・レコーダーを同期させて録音したそうです。そして、1960年代の終わりにはレコーダーのトラック数も増えて音がどんどん良くなっていくわけですが、まだ音が素朴だった1966年の作品をもう少し聴いてもらいます。
この頃は、ビートルズと同じようにちょっとエクゾティックな楽器を使うミュージシャンが少しずつ増えてきた時期でもあるんですね。次はローリング・ストーンズのシングル「Paint It, Black」です。ブライアン・ジョーンズがシタールを演奏していることで知られる曲です。この曲にはいろんな音が入っていて、モノラルながら驚くほどバランスがいいミックスになっています。僕が子供の頃、家にあったのは小さなモノラルのレコード・プレーヤーで、内蔵されているスピーカーもごく小さなものでしたから、どう頑張ってもいま聴いてもらっているような音にはなりません。こうした1960年代の音をここまでいい音で聴けるようになったのは僕にとっては最近のことで、新たな発見がたくさんあります。
次もストーンズですが、今度はハイレゾで聴いていただきましょう。“ハイレゾ”つまりHigh Resolutionとは高解像度ということです。ふだん、みんなが携帯電話などで聴いているMP3などの圧縮音源は、例えばニール・ヤングに言わせればマスターの1/20くらいしか再生できていないそうです。まぁ、MP3の解像度にもいろいろなヴァリエーションがありますが、今日ご用意したのはそれよりも遙かに音のいい類のデジタル・ファイルです。やはり1966年のアルバム『Aftermath』から「Out Of Time」を選びました。今日のハイレゾはすべてe-onkyo musicの提供です。
この曲は当時、クリス・ファーロウという人がシングルで出してかなりヒットしました。とても格好いい歌い方をする人ですが、今年の7月14日〜17日にアルバート・リーというギタリストの日本公演にゲストとして東京・丸の内のコットン・クラブに出演します。残念ながら新潟までは来ませんが、かなりお薦めのライヴです。
じゃあ、次はアメリカのほうの音楽を。1966年頃、僕はロンドンでソウル・ミュージックをラジオで耳にして自然と好きになりました。まずはウィルソン・ピケットという歌手の「ダンス天国(Land Of 1000 Dances)」を聴いていただきます。この曲は、アメリカにあったフェイム・スタジオで録音されています。このスタジオはアラバマ州のマッスル・ショールズというすごい田舎にありましたが、ちょうどこの頃から注目され始めました。ものすごくファンキーなソウル・ミュージックを演奏するミュージシャンたちがスタジオに詰めていたのですが、それが全員白人だったことを後になって知って驚きました。見た目は普通のおじさんで、特に格好いいわけでもないのに、やっていることはすさまじい。それをこのステレオ装置で聴くとどんな音になるのでしょうか。
この曲は僕もラジオでよくかけるのですが、ラジオ局の小さいスピーカーで聴くのとはさすがに迫力が全然違いましたね。このあたりの音源は、まだ4トラック・レコーダーも導入されていないはずだから、楽器のオーバー・ダビングもできません。ほとんどが「せーの」で行われた一発録音ですが、僕には神がかった演奏に聞こえます。録音エンジニアも大したものだと思います。このときのエンジニアはスタジオ所有者でもあるリック・ホールという人ですね。
さて、もう一つハイレゾをいきましょう。次もソウルの曲で、オーティス・レディングを取り上げます。オーティスは、マッスル・ショールズからそう遠くないメンフィスのスタックス・レコードでいつも録音していました。ここもかなり原始的なスタジオで、古い映画館を改装したものでした。このスタジオでも、フェイム・スタジオのように同じミュージシャンが毎日、朝から晩まで、どの歌手の録音でもバックに付いていました。彼らはブッカーT &ジ・MG'sという、黒人が二人、白人が二人のバンドでした。聴いていただく「Fa-Fa-Fa-Fa-Fa(Sad Song)」には加えて、ホーンも入っています。
オーティス・レディングという人は音楽教育をまったく受けていませんでした。そもそも、当時のミュージシャンで楽譜が読める人は滅多にいなかったようですが、オーティスも同じくで、楽器も弾けなかった。でも、自分の頭の中ではやってほしい音が全て分かっていたから、それぞれのミュージシャンにメロディを事細かに教えることができたそうです。ホーン・セクションの音も含めて、オーティスが指示したとおりに演奏したら、こういう曲になりました。
こういうイヴェントでは時々、CDとアナログ・レコード、ハイレゾの聴き比べを行うことがあります。今日はやりませんが、そうするとそれぞれの記録媒体による音の違いが意外に大きいことが分かります。いま聴いた「Fa-Fa-Fa-Fa-Fa(Sad Song)」はハイレゾもそれなりにいい音なのですが、アナログ盤をかければたぶん倍くらいにいい音がすると思います。どの媒体が最適かは、音楽によって多少の向き不向きがあると思いますが、こういうディープなソウル・ミュージックはアナログ・レコードに限るというのが僕の意見です。世代的な好みかもしれませんけど、ちょっとそんな感じはありますね。
いま聴いたスタックスの音は、もちろんポピュラー音楽だから売るために作っているわけですが、あまりコマーシャルなことを考えずにやっている感じがするんですね。一方で、同じ時代のポピュラーなソウル・ミュージックには、モータウンというデトロイトのレーベルがあって、経営者もミュージシャンもスタッフもほとんどが黒人なんですが、そこでは白人が聴くことを想定した音楽の作り方をしていたと伝えられています。それを僕は別に悪いとは思わないし、子供の頃から大好きでしたが、スタックスあたりとはやっぱり違う。全体的に洗練された感じがあるんです。
次に聴いていただく曲は、アメリカよりもイギリスで大人気となった曲です。アイズリー・ブラザーズが歌う「This Old Heart Of Mine」です。
ものすごくポップな音になっていますね。ストリングズも使っています。モータウンの編曲をする人って、とても上手い隠し味を施すことが多くて、いまの「This Old Heart Of Mine」にはヴァイブラフォーンが入っていることに気付いたでしょうか。ほんの隠し味程度なんですが、とても利いていると思います。そして、間奏のソロはバリトン・サックスなんですね。こういうポップ・ソウルの作品にバリトン・サックスのソロを持ってくるというのは、普通はない発想だと思いますが、これも音楽にピリッとしたものをもたらしています。
さあもう1曲、モータウンの名曲を聴きます。1966年シリーズの最後は、フォー・トップスの「Reach Out I’ll Be There」。音源はハイレゾです。
この曲にもいろいろな仕掛けが入っていて、フルートがバックのほうに埋まっているんですが、いい隠し味になっているし、タンバリンの音が大きいでしょ? モータウンはそれが得意で、けたたましいくらいに鳴っている曲もけっこうありますね。このレコード会社のベリー・ゴーディという社長は、特にシングルに関してはミックスした音を全て自ら確認したそうですが、それもスタジオの大きなモニター・スピーカーではなく、AMラジオを聴く状態に近いオーラトーンという小さなスピーカーを一つ、モノラルで聴いて判断していたそうです。そして、実際にラジオから流れてくる音を聴いてちょっと違うなと思えば、平気でリミックスを命じることがあったらしいですね。レコード会社の社長がそこまで音に敏感でうるさく言うのは、珍しいケースですが、とても大事なことだと思いました。
ここまでは50年前の音にこだわって紹介しました。ここで10分間休憩にしますので、皆さんどうぞお酒でもご注文ください(笑)。[客席から拍手]
後半は、1970年代以降のいろいろな音を聴いていただこうと思います。最初に聴いていただくのは、グリン・ジョンズというイギリス人です。いまも現役で、つい最近出たエリック・クラプトンの新作『I Still Do』もプロデュースしました。元々はスタジオのエンジニアだったグリン・ジョンズは、きれいな音を作ることで有名な人で、特にアクースティックな楽器の録り方に定評がありました。その彼がいちばん最初にプロデュースしたのはスティーヴ・ミラー・バンドの最初のアルバム『Children of the Future』(1968年)でした。
サンフランシスコのスティーヴ・ミラー・バンドが海を渡り、ロンドンでレコーディングをすることになって、スティーヴ・ミラー自身がプロデュースし、グリン・ジョンズがエンジニアに指名されたのですが、スタジオではいつまで経っても音が定まらず、作業は難航していました。そこでグリン・ジョンズがスティーヴ・ミラーに、このままでいくなら自分はもう降ろしてほしいと言ったら、「それじゃあ、君がプロデューサー役を引き受けてくれないか」と頼まれるんですね。以降、彼はレコード・プロデューサーとして活動するようになりました。
これからかけるのは、スティーヴ・ミラー・バンドと同じようにアメリカからイギリスに渡って、グリン・ジョンズがいつも使っていたオリンピック・スタジオで録音されたイーグルズの2作目『Desperado』の冒頭曲「Doolin-Dalton」です。アクースティック・ギターと歌の音がすごくいいのですが、それをハイレゾで聴きます。さて、どんな音がするのか。僕も初めて聴くので興味があります。
予想どおりでしたね。ハイレゾにはこういう曲が向いていると思います。これがグリン・ジョンズがイーグルズで作り上げた音ですね。ちなみに、グリン・ジョンズは最近、『サウンド・マン』という自伝を出していて日本語訳(シンコーミュージック刊)もありますが、すごく面白い本です。長年の活動の中でのいろんなミュージシャンとの関わりについて、それぞれかなり率直に書かれています。音楽と音に興味のある方にはお薦めします。
さて、次は1975年に発売されたスティーリー・ダンのアルバム『Katy Lied』です。彼らは音に対するこだわりが強いことで有名なグループですが、それが顕著になり始めたのがこのアルバムかもしれません。裏ジャケには、「このレコードはハイファイだ」とか、どんな録音機材を使ったかとか、そんなことが事細かに書いてあります。今日お持ちしたのはリマスターされたCDです。「Black Friday」という曲を聴いてください。
この時期になると、24トラックのレコーダーが当たり前になってきて、かなり緻密な音作りが可能になってきます。スティーリー・ダンも、デビューしたときはもっとロック・バンド的な感じだったんですが、ちょうどこのアルバムの直前くらいにライヴ活動をしなくなり、スタジオだけでやっていくグループに変わっていったんですね。このアルバムはまだロック色が強いんですけど、これ以降はもっとジャズ寄りになり、聴く人によっては無機的と感じるような音に変わっていきます。とにかく音にこだわってレコードを作ってきた人たちなんですが、デビューから最後まで、ずっと同じプロデューサーとエンジニアとのチームで活動してきました。プロデューサーはギャリー・カッツで、エンジニアはロジャー・ニコルズです。チームとして独特の音を作り続けたバンドでした。
では、ここからは1980年代のレコードを3つかけようと思います。1970年代から80年代にかけては、スタジオ技術が成長し、新しい機材も出てくるし、それを新しいやり方で使うエンジニアも育ってきます。イギリスに、スティーヴ・リリーワイトという人がいて、やはり最初はエンジニアで後にプロデューサーになりました。彼がプロデューサーになった頃に、その弟子のような存在だったエンジニアがヒュー・パジャムです。その二人が、当時としては斬新な音作りを行うようになりました。その一つが、日本で“ゲート・エコー”と呼ばれる録音手法です。
マルチトラック録音では、いろんな楽器を個別に録ることができ、エフェクトも別々にかけることも可能です。例えば、スネア・ドラムだけに電子的なリヴァーブをかけて、すぐに今度はゲートというエフェクターでスパッと残響音を切る。そう処理することで、すごく変わった印象を与えることができます。その手法が流行ると、みんなそればっかり使うようになって「もういいよ」って感じになって廃れていきましたが、最初に聴いたときはすごく新鮮で面白い音でした。そのやり過ぎてない、いい例の一つとしてXTCの1980年のアルバム『Black Sea』から1曲目の「Respectable Street」を聴いてみます。冒頭の部分は、わざわざアナログ風に処理された音になっています。
このようなシステムで聴くXTCのまた過激なこと! 久々に聴きましたが、ちょっと驚きました。このスティーヴ・リリーワイトとヒュー・パジャムの二人は1980年代初頭のイギリスで、このほかにもピーター・ゲイブリエルの『Ⅲ』(1980年)やフィル・コリンズの『Face Value』(1981年)などで、とにかく独特なドラム・サウンドを作っていました。
先ほど、モータウンの社長のお話をしましたが、それに負けないくらい音楽が好きで、音にも関心のあるレコード会社の社長と言えば、アイランド・レコードのクリス・ブラックウェルがいます。彼はイギリスの食品会社の社長の息子でしたが、ジャマイカで生まれて、イギリスと半々くらいで育ったそうなんですが、ジャマイカの音楽がすごく好きだったんですね。そこでアイランド・レコードを興して、最初は西インド諸島からイギリスに移住した人たちのために作ったジャマイカ音楽のレコードを売っていました。後に、ロックのレコードも作るようになりますが、なんと言ってもアイランド・レコードはボブ・マーリィの作品を出したことで世界的に有名になっていきます。アイランドがレゲエの新しいタイプのレコードをたくさん出して、レゲエが流行ると独特の録音技法を用いた“ダブ”だとか、そういった音作りが次第に一般化していきます。レゲエがなければ、こんな音作りは生まれなかったと思うようなものもかなりありました。
クリス・ブラックウェルは、録音技術にもすごく興味があった人で、1970年代の終わり頃でしょうか、バハマ諸島のナッソーにカンパス・ポイント・スタジオを造ります。そこに自分が気に入ったミュージシャンをスタジオ・バンドとして集めて、さらにアレックス・サドキンというプロデューサー/エンジニアをハウス・エンジニアに据えて、独特のサウンドを作り出しました。そんな中から、今日はグレイス・ジョーンズというモデルもやっていた人の音を聴いていただきます。彼女が独特の低い声で歌う、というかほとんどしゃべるような感じの曲が多いんですけど、プリテンダーズの「Private Life」のカヴァーを聴いてみます。1980年のアルバム『Warm Leatherette』に入っている曲ですが、これまた別の意味で過激な音になっています。
はい。これもまたハイレゾの本領を発揮するような音でしたね。すごいでしょ? 音の分離もいいし、エンジニアが素晴らしいと思います。とにかく初めてこのアルバムを聴いたときには、こんな音のレコードがあるのかと衝撃を受けたものです。
次はデジタル録音の音を聴いていただきましょう。YMOの『BGM』(1981年)です。僕は1980年の終わり頃から、YMOの所属事務所の社員になって、彼らのレコード作りに関わるようになりましたが、それは主に歌詞を作ることのお手伝いでした。デジタル録音は、確かに音が違うなというのは実際にスタジオにいて分かったことです。当時、彼らが使っていたアルファ・レコードのスタジオには、最新のデジタル・マルチトラック・レコーダーが導入されていて、善し悪しについては色々な意見があるでしょうが、それまでにない音だったし、またYMOの音作りもすごく斬新でした。今日かけるのは「Mass」という細野さんの曲です。この曲でもお手伝いしたのですが、あの人たちが歌詞を作るのは最後の最後なんです。スタジオの中で曲を作るんですが、ドラムから始めて他の楽器を少しずつ重ねていったりします。その段階ではタイトルも付いていなくて、キュー・シートには“M-1”とか“M-2”などと記してあるだけ。Mはミュージックの略ですね。
で、全体的にはどんな進行になっているのかというと、レコード会社はまず発売日を決めます。そこから逆算して作業の工程を組むのですが、どうしてもずれ込むんですね。でも、発売日は動かせない。これが日本のレコード会社のやり方です(笑)。発売日の約1ヵ月前には印刷物の締め切りがきますから、ジャケットのデザインはもちろん、曲のタイトルも当然必要ですよね。そこで急いでタイトルを付けたら、今度は歌詞を作って完成させなければなりません。時間のない中で慌てながらもなんとか作り出すわけです。彼らの場合、歌詞は主に英語です。初期の頃はクリス・モズデルというイギリスの詩人のような人が作詞を行っていました。
でも、この『BGM』あたりからは、メンバーが歌詞も自分で作るようになります。その場合、基となる歌詞は日本語だから、それを英語に翻訳する必要があったわけですが、その頃にたまたま僕がスタッフとして入っていたので、「お前がやればいい」と言われて、最初は無理だと思ったんですが、「いや、やればできる」と説得され、お手伝いすることになったんですね。でも、この「Mass」ではロシア語が必要だったんです。僕はたまたま高校生のときに2年間、ロシア語を勉強したことがあったんですが、それからずいぶん経っていてほとんど覚えていないから、東京の本屋さんの店頭でロシア語の辞書をめくりながら作りました。しかもその歌詞は、僕自身の声で録音されることになってしまいました。何十年ぶりになるのか(笑)、その「Mass」を聴いていただきます。用意したのは、最近再発されたアナログの重量盤です。
[試聴後、客席から拍手]このYMOの『BGM』は1981年のアルバムですが、先ほどのXTCの音にしても、グレイス・ジョーンズの音にしても、すごく時代が変わったなという印象のレコードが立て続けに出た時期でしたね。これ以降の1980年代は、デジタルの機材がどんどん増えてきて、デジタル・シンセやドラム・マシーン、そしてサンプラーなど価格も手ごろなものが出回るようになりました。ただ、それらをクリエイティヴに使いこなす能力を持っていないミュージシャンが使うと、みんな同じような音になっちゃう。1980年代の半ばには、日本に限らず、アメリカやイギリスでも、ラジオで流れるような曲って、なんかどれも同じような音だなと感じた時期があって、僕もすでにラジオの仕事をやり始めていたのですが、もうやめようかと思ったくらい、メインストリームのロックが面白くない時代が僕の中ではありました。その頃から、タイプの違ういろんな音楽を聴くようになったんですね。
まぁ、そんな話はこれくらいにしますが、今日はこの後の1980年代と1990年代の音はありません(笑)。いきなり2000年代に飛びます。シェルビー・リンという女性歌手が2008年に出したアルバム『Just A Little Lovin’』をハイレゾで聴きます。このところ、大きなレコーディング・スタジオが次々と閉鎖となってしまう一方で、それこそデジタル技術によって、ラップ・トップのコンピューターが一つあればアルバムが全部作れてしまうという時代です。そんな中、いくつかのスタジオはまだちゃんと機能していますが、その一つにロサンジェレスにあるキャピトル・レコードのキャピトル・スタジオがあります。このスタジオは昔から、アナログ・サウンドで評判のいいスタジオで、ボブ・ディランがスタンダード曲ばかりを歌った最近のアルバム『Shadows In The Night』(2015年)と『Fallen Angels』(2016年)もこのスタジオでの録音で、かつてフランク・シナトラが使っていたマイクロフォンを使用したりしています。このディランの2作の録音を手掛けたのが、いまや伝説のレコーディング・エンジニアとなっているアル・シュミットです。シェルビー・リンの『Just A Little Lovin’』も、同じキャピトル・スタジオで、アル・シュミットが録音しました。
このアルバムはほとんどが、かつてダスティ・スプリングフィールドというイギリスの歌手が歌ったことで有名になった曲のカヴァーです。オリジナルが軽快でポップな曲でも、全てミディアム~ミディアム・スローの、ちょっと陰鬱のある物憂げな感じになっていて、僕はとっても気に入りました。その中から「You Don’t Have To Say You Love Me」を聴きますが、この曲の邦題はなんだったかな……?[客席から「この胸のときめきを」の声] そうです! ありがとうございます。この曲をこんな雰囲気で聴いたことはないと思います。では聴いてください。
いかがでしょう。プロデューサーはフィル・ラモーン、そしてアル・シュミットが音作りを行ったこのアルバムはとてもシンプルで、リズム隊はあっても、ホーンやストリングズはなし。こういう音楽なら、だんだん盛り上げたくなるものだと思うけど、すごい自制心が働いている(笑)。途中に出てくるギターを弾いているのは、ディーン・パークスという有名なスタジオ・ミュージシャンです。とにかくすごく趣味のいいアルバムだと思います。地味ではありますけど、僕にとっては愛聴盤となっています。そして、これもすごくハイレゾに向く作品だと思いますね。キャピトル・スタジオを上手く使っていると、そんな感じがします。
さて、次にかけるのは、つい先日ライヴを観たスナーキー・パピーというアメリカのグループです。この人たちの音楽は、ジャズというものでもないし……ジャンル分けするのが難しいんです。彼らはちょっと変わった作品の作り方をします。レコーディング・スタジオではない空間にお客さんを集めて、全員にヘッドフォンをかぶらせてライヴ・レコーディングをするんですね。すごく大所帯のグループで、この『Family Dinner Vol.2』というアルバムでは、いろんなゲストも招いて、曲ごとに違うメンバーでやっています。録音はニュー・オーリンズで行われていますが、その様子はヴィデオで撮影されていて、その動画をYouTubeで見せるという、かなり太っ腹なことをしています。なかなか面白い存在なんですが、聴いていただくのはアルバム最後に入っている「Brother I’m Hungry」で、ニュー・オーリンズのミュージシャンたちも参加していて、全部で20人くらいはいるんじゃないかな。でも、そのわりにはすごく整理された音になっています。
この曲の作曲者は、イギリス人でありながらニュー・オーリンズにずっと住んでいるジョン・クリアリー。「ホームレスの人たちにもうちょっと気を配ろうよ」というメッセージを持った歌でした。歌っているのはナイジェル・ホールという黒人で、まだあまり有名ではないけれど素晴らしいヴォーカリストです。
では最後に、ポール・サイモンの新作『Stranger To Stranger』を聴いていただきます。彼は今年で75歳になりますが、探求心はまったく衰えないようで、すごく面白いことをいっぱいやっています。サイモン&ガーファンクルの時代から、彼らのレコードの音を作っているロイ・ハリーというエンジニア兼プロデューサーがいて、この人もいまはかなりの歳で、すでに引退はしているんですが、ポール・サイモンの新作のためにもう一度現場に戻ってきて一緒にやっています。面白いのは、例えばフラメンコでよく使う手拍子つまりパルマを、まだ曲もできていないのに先に録って、それに合わせて曲を作ってみたり、また、多くの人が知らないような変わった楽器を入れて興味を引いたりしているところです。
今日はこのアルバムの冒頭に入っている「Werewolf」つまり狼男という曲をかけますが、最初に出てくるのがインドの一弦楽器で、スライド・ギターのようにも聞こえます。この音がポール・サイモンには“Werewolf”というふうに聞こえたそうです。それに着想を得てこの曲の歌詞を作り始めたとか、いろいろあるんですけれど、とにかく面白いアルバムです。ではそれをハイレゾで聴いてください。
はい。最後は不気味なパイプ・オルガンで終わってしまいました(笑)。このアルバムにはいろんなタイプの曲が入っていて、音的にもとても面白いし、曲もよくできています。75歳になってもまったく変わらないポール・サイモンの声もすごいですけれど、とにかくお薦めのレコードです。
今日は2時間以上にわたって、駆け足でいろんな音楽をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。[客席から拍手]CD、ハイレゾ、そしてアナログ・レコードとメディアもさまざまでしたが、こういういい音楽は日常的にもっといい音で聴きたくなるものです。今日のシステムははっきり言ってとても高価で、僕の想像を確実に超えていると思います(笑)。でも、携帯電話に小さなイヤフォンで聴いてばかりなのもちょっともったいない。たまには少しいい音で聴くのもいいかもしれません。まぁ、お説教じみたことはそれくらいにして、これで終わります。今日はありがとうございました。[客席から大きな拍手]
初の試みとなった「出張版“A Taste of Music”」の会場は、霊峰・八海山を臨む新潟県南魚沼市のJR浦佐駅からほど近い、田園風景の中に佇むライヴカフェ「レオン」。長くバンド活動を続けていた店主の佐藤政博さんが、地元にもこういう場があればという強い想いからオープンさせた素敵なライヴハウスです。イヴェント当日は、多くの方がボランティア・スタッフを買って出てくれたことからも、当店がすでに音楽を核とした地域コミュニティにしっかりと根ざしていることが分かります。
「2015年4月のオープン以来、今日はいちばん多くのお客様にご来店いただきました。素晴らしい蘊蓄と、素晴らしい音---どれもとても良かったですね。ここはライヴハウスですが、こういうスタイルもありなのかなと思っています。ライヴ演奏に限らず、音を楽しむためのいろんな催しにこの空間を使っていただきたいですね。そして、皆さんが“音”で幸せになっていただければ嬉しいです」(佐藤さん)
立ち見が出るほどの大盛況となった今回の出張イヴェントについて、バラカンさんは次のように振り返ります。
「こういうイヴェントは、東京でもどこでも、最初は大人しいものです。一人でしゃべって音楽をかけていると、どこか公開ラジオ番組のようで、聴いてるほうも少し硬くなってしまいますよね。今回は運良くお酒も出るお店でしたから、皆さんが次第にリラックスして、少しずつ空気が柔らかくなってくるのが分かります。そして最後には、音楽から得られる何かを感じてもらえたという実感がありました」
イヴェント当日は地元スタッフの方の案内で、浦佐の観光スポットも探索したバラカンさん。ランチに立ち寄った、茅葺き屋根も見事な郷土料理店「欅苑(けやきえん)」には、「環境の静けさも格別で、ちょっと感激しました」とご満悦の様子。そして、地元の有名な酒造メーカー「八海醸造」の貯蔵施設「八海山雪室(ゆきむろ)」では地域の特性を活かした“雪中貯蔵庫”も見学しました。
「“雪室”というのは初めて知りました。雪国だからこそできることとは言え、理に適っているし、よく考えたものだと思いました。微妙な振動が伝わってしまう電気の冷蔵庫に比べて、雪を利用して静かに貯蔵する日本酒はより優しく熟成されるという説明にも興味をそそられました。もちろん、お酒の試飲も楽しかったですよ(笑)」
また、奇祭「裸押し合い大祭」で知られる地元の古刹「越後浦佐毘沙門堂」を訪ねた際には思わぬ発見もあったようです。
「“毘沙門堂”はとても素晴らしいところでしたね。地元の方のご厚意でふだんは観られない“毘沙門天二十八使者像”なども拝観させていただき、大変光栄です。仏像など仏教美術の奥深さをあらためて感じることができました。皆さんのおかげで、とても楽しい旅になりました」
「聴き比べもしてみたい」
ビートルズはよく知っていますが、今日聞いたお話はとても興味深かったし、他のミュージシャンの曲でもいいものがたくさんありました。ピーターさんが音楽をとても深く聴いているのも分かって嬉しかったです。音もとても良かったですね。機会があれば、聴き比べをしてみたいと思いました。今日は楽しく、いい勉強になりました。来て良かった![S・Gさん(女性)]
「音がメチャクチャ良い!」
「レオン」には初めて来ましたが、とても楽しかったです。いい場所だと聞いていたので、ちょうど行ってみたいと思っていたところでした。今日、バラカンさんが紹介してくれた音楽の中には、家に帰ってまた聴いてみたいと思う曲もたくさんありました。そして、音もメチャクチャ良かったです![S・Oさん(男性)]
「音楽を掘り下げたきっかけはバラカンさん」
音楽を一生懸命に聴いていた学生時代に、バラカンさんがラジオやテレビを通じてさまざまなエピソードを交えながら曲を紹介してくれたことがきっかけで、いろんな音楽に出会えたことを思い出します。番組が最終回を迎えたときの言葉にも、とても重みを感じたものです。そんなバラカンさんの音楽紹介を、こんな間近で聴くことができてとても楽しかったです。[S・Oさん(男性)]
◎選曲リスト
01. Beatles 『Mono Masters』(CD Box)から「Rain」
02. Beatles 『Revolver』(CD Box)から「Tomorrow Never Knows」
03. Rolling Stones『The Rolling Stones Singles Collection: The London Years』(CD)から「Paint It, Black」
04. Rolling Stones『Aftermath』(Hi-Res〈24bit/176.4kHz〉)から「Out Of Time」
05. Wilson Pickett『The Exciting Wilson Pickett』(CD)から「Land Of 1000 Dances」
06. Otis Redding『Complete & Unbelievable:The Otis Redding Dictionary Of Soul』(Hi-Res〈24bit/192kHz〉)から「Fa-Fa-Fa-Fa-Fa(Sad Song)」
07. Isley Brothers『This Old Heart Of Mine』(CD)から「This Old Heart Of Mine」
08. Four Tops『Reach Out』(Hi-Res〈24bit/192kHz〉)から「Reach Out I’ll Be There」
09. Eagles『Desperado』(Hi-Res〈24bit/192kHz〉)から「Doolin-Dalton」
10. Steely Dan『Katy Lied』(CD)から「Black Friday」
11. XTC『Black Sea』(CD)から「Respectable Street」
12. Grace Jones『Warm Leatherette』(Hi-Res〈24bit/96kHz〉)から「Private Life」
13. YMO『BGM』(LP)から「Mass」
14. Shelby Lynne『Just A Little Lovin’』(Hi-Res〈24bit/96kHz〉)から「You Don’t Have To Say You Love Me」
15. Snarky Puppy『Family Dinner Vol. 2』(CD)から「Brother I’m Hungry」
16. Paul Simon『Stranger To Stranger』(Hi-Res〈24bit/96kHz〉)から「Werewolf」
Live Cafe「LEON」
Tel◎025-788-0498
住所◎新潟県南魚沼市浦佐904-1
営業時間◎15:00〜24:00
定休日◎不定休
http://www.livecafeleon.com