◎Featured Artist
TOWER OF POWER
◎Recommended Albums
TOWER OF POWER『Hipper Than Hip (Yesterday, Today, & Tomorrow)』, 『Great American Soulbook』
◎Coming Soon
夏のロック・フェス特集!
構成◎山本 昇
今回のA Taste of Musicは、東京・赤坂にあるシンタックス・ジャパンのショールーム「m-Ex Lounge」にお邪魔してお送りします。前回、A Taste of Music Vol.06のComing Soonで紹介したのが、アイリッシュ・シンガーのメアリー・ブラックのライヴでした。ワールド・ツアーは今年が最後になるのではと言われる彼女のステージを、僕は5月20日、東京・丸の内のコットンクラブで観ました。全体としていいライヴではあったものの、彼女の声量がやや落ちているのが気になりました。とても丁寧に歌っていたし、歌に対する解釈力は相変わらず素晴らしいものがありましたが、かつてのようなパワーは残念ながら感じられませんでした。
でも、バックの演奏はとても良かったですね。特にサックスのリッチー・バックリーはヴァン・モリスンのバックもやっている人ですが、メアリー・ブラックのヴォーカルを上手に補ったりする兼ね合いがすごく良かった。彼女はとてもいいミュージシャンに恵まれている歌手だと思いました。なお、コーラスで参加していたのが娘のロシンなのですが、将来がとても楽しみな歌手です。
今回の注目アーティストはタワー・オヴ・パワーです。このグループは毎年のように日本へやって来てくれるのですが、僕は恥ずかしながらそれをずっと見逃していました。昨年はフジロックにも出ていて、僕もInterFMの仕事でそこにいたのですが、ちょうど生放送の時間と重なってしまったため、またしても彼らのステージを観ることができませんでした。あとでそのライヴの録音を聴くと、まるでスタジオ録音のような音であることに驚きました。「え!? ホントにライヴなの?」って耳を疑うくらい、レコードと寸分違わぬ演奏だったんですよ。そして今年の5月8日、ブルーノート東京でようやく彼らのライヴを観ることができたんですけど、やはり軍隊のような正確な演奏でした。ホーン・セクションの息もピッタリ。でも、難しそうな顔で演奏している人はだれもいません。アクションを付けて踊ったりしながら、自分のパートになると、サッと演奏に入る。さすがだなと思いました。ここまで演奏が正確だと、逆につまらなくなる可能性さえありますよね。ダイレクトな盛り上がりが要求されるジャズ・クラブで、レコードを聴いているのと同じような演奏でいいのかと……。
はたして、その心配は無用でした。特に新しく加入したヴォーカリスト、レイ・グリーンが抜群に良かったんです。若い人ですが、彼は本当にすごい。往年のソウル・バンドのヴォーカリストの良さを持っていて、客席をメチャクチャ盛り上げてくれるんです。曲中の展開や構成はしっかりできていると思うけど、彼はそのあたりも伸縮自在にコントロールしていて、ホーン・セクションもそれをよしとしているようでした。一方、客席の側で一番反応がいいのはおそらくファンクラブの人たちで、彼らにつられて他の客も全員が総立ちになったり、座ったりの繰り返しでしたが、すごく楽しかったです。
タワー・オヴ・パワーのホーン・セクションは5人。今回来日した面々の中でオリジナル・メンバーは、リーダーで多くの作曲も手がけているテナー・サックス担当のエミリオ・カスティーヨ、大柄で髭面のバリトン・サックス奏者のスティーヴン・“ドック”・クプカ、ドラマーのジョン・“デイヴィッド”・ガルバルディの3人でした。ベースのフランシス・“ロッコ”・プレスティアは腎臓病のため今年も不参加でしたが、その代役を務めたのはなんとバンドのロード・マネジャー、レイモンド・マキンリーです。ロッコが戻ってくるまでの暫定メンバーですが、実はいろんなセッションをこなしている人で、とても上手かったです。
デイヴィッド・ガルバルディのドラムも本当に素晴らしい。彼もエミリオ・カスティーヨも、1970年からバンドをやっているということは、どう考えても60歳代半ば以降のはずですが、すごくファンキーな演奏を聴かせてくれました。
このような感じで、アンコールもたっぷりやってくれましたが、あっという間のステージでした。「What Is Hip」「You’re Still A Young Man」をはじめ、ヒット曲もまんべんなく演奏されましたが、次のアルバムに入る予定の新曲というのも1曲披露していました。ただ、その新作がいつできるかはまだわからない。ツアーの合間に少しずつコツコツと作っているそうで、「出来上がったらそのうち出すよ」と、かなり気の長い話のようです(笑)。
余談ですが、彼らは3.11東日本大震災の日に、やはりブルーノート東京で公演があり、当日はキャンセルとなったものの、翌日のステージは敢行したそうです。震災当時、あえて予定通りライヴを行ったアーティストといえば、シンディ・ローパーもそうでしたね。
僕がタワー・オヴ・パワーを聴くようになったのは、日本に来てからで、アルバムで言うと『Back to Oakland』(1974年)あたりから。ファンクは元々大好きだったんですが、トランペットの音が強いグループはちょっと苦手だったんです。好きなファンクの形と言うと、例えばジェイムズ・ブラウンのバンドとか。あとは、アイズリー・ブラザーズやパーラメント、ザップなどもものによってはよく聴いていました。Pファンク系であれば、ロックっぽいファンカデリックには今一つついていけないところもあったけれど、ソウル寄りのパーラメントのほうは好きでした。自分の好き嫌いについて説明を求められることがありますが、これはなかなか言葉では表しにくい好みの話なので、そういうものだと受け止めていただければ助かります(笑)。
ここからは、タワー・オヴ・パワーのお勧めアルバムを紹介していきましょう。最初の1枚は昨年末に発売された『Hipper Than Hip(Yesterday, Today, & Tomorrow) – Live on the Air & in the Studio 1974』。これは、アルバム『Back to Oakland』を発表したばかりの彼らが、ラジオでの放送用に行ったスタジオ・ライヴを収めたものです。テープが発掘されたことでリリースされたこのアルバムのことは、先日のライヴでも彼ら自身が話題にしていましたから、公認しているということでしょう。このところ、かつて放送用に収録されたライヴが頻繁に出てきますね。中には音や演奏が今一つなものもあるようです。例えば、ボニー・レイットが『Hipper Than〜』と同じくアルトラソニック・レコーディング・スタジオで録った音源が最近出ましたが、生放送にもかかわらず、彼女がマリファナかなんかで明らかにユル~い感じになっているのがそのままCDになっていたりして、ちょっとビックリさせられます(笑)。でも、この『Hipper Than〜』は本当に貴重な音源で、演奏にもすごいプロフェショナリズムが感じられます。メンバーはみんなオリジナルで、レニー・ウィリアムズのヴォーカルも素晴らしい。
では早速、音を聴いてみましょう。まずは「Squib Cakes」から。このオルガンはチェスター・トンプソン。いいメンバーでやってますね。もう、伝説のラインアップと言えるでしょう。ミックスについては、少し低音が抑えめな気がします。でも、続いてバラード曲「You’re Still a Young Man」を聴くと、ベースの音も十分に感じられてバランスもいいと思います。
同時期に活動していたファンク・バンドとして、タワー・オヴ・パワーより少し前に結成されたスライ&ザ・ファミリー・ストーンがありますが、彼らが大きなホーン・セクションとともに明るいファンクをやっていたのは1969年くらいまで。71年に出した『There’s a Riot Goin’On(邦題:暴動)』では、なんかモコモコとした暗めの音になります。それはそれですごく面白いサウンドなんですが、以降の彼らはタワー・オヴ・パワーとは音的には違う方向に向かいましたから、もし、タワー・オヴ・パワーがスライから影響を受けているとすれば、初期スライのサウンドを気に入っていたと考えられますね。
そんな彼らの音楽的な指向をさらに知る手かがりとなりそうなアルバムが『Great American Soulbook』です。モータウンにフィリー・ソウル、スタックスやジェイムズ・ブラウンの曲など諸々が収録されています。きっとこのあたりの音楽は全部好きだったんだろうなと思うんです。では、このアルバムから先日のライヴでも演奏されたジェイムズ・ブラウンのメドリー「Star Time」と、オーティス・レディングの曲で、サム&デイヴのサム・ムアをゲストに迎えた「Mr. Pitiful」を続けて聴いてみましょう。
面白いことに、「Mr. Pitiful」ではサム・ムアのヴォーカルが始まると、ホーン・セクションが少し引っ込んで、昔のメンフィス・ホーンズみたいな音の付け方になります。ただし、間奏でホーンが前面に出ると、メンフィス・ホーンズよりも細かいラインを入れてきます。大雑把そうに見えるおじさんたちですが、思いのほか細かい編曲を施しています。実は、これが彼らのトレード・マーク。ずばりタワー・オヴ・パワーはヴォーカルがメインではないんです。どちらかと言えば、ホーン・セクションのほうがメインで、ヴォーカルはサブの役回り。その点、メンフィス・ホーンズは脇役に徹している印象ですね。そして、やっていることの細かさはアース・ウィンド&ファイアーにも通じるものがあります。
「Star Time」では、当時のタワー・オヴ・パワーのヴォーカリストだったラリー・ブラッグズがフィーチャーされています。彼の歌は確かに上手いんだけど、リード・ヴォーカルという感じの人ではありません。やはりタワー・オヴ・パワーはリード・ヴォーカリストを求めているバンドではなく、それなりにこなす“バンド・ヴォーカリスト”で十分なんです。今日の試聴では、そのことをあらためて感じさせられました。
また、この連載では「レコードとライヴは違う」というテーマがよく登場しますが、その意味でもタワー・オヴ・パワーは両方の側面を持っているバンドだとつくづく思いました。もちろん、どちらにも面白さがありますが、タワー・オヴ・パワーの場合、僕はライヴ・アルバムが一番好きかもしれません。でも、スタジオ・アルバムも楽しめますので、まだ聴いたことがない人は、とりあえずベスト・アルバムを聴いてみるのもいいでしょう。
夏と言えばロック・フェスティヴァルですが、こういうライヴはどちらかというと若い人が楽しむものでしょう。僕も18歳のときにイギリスで、ボブ・ディランとザ・バンドのライヴを1969年のワイト島で観たのが最初のフェスティヴァル体験でした。また、翌1970年のバース・ブルーズ・フェスティヴァルでは、ジェファスン・エアプレイン、レッド・ゼペリン、ピング・フロイド、フランク・ザパ、サンタナ、ドクター・ジョンなど、すごい大物ばかりが集まったフェスティヴァルも観ました。どちらも週末の3日間くらいで行われましたが、はっきり言って若くてもけっこうつらいものがありました(笑)。テントを持っていなかったので、スリーピング・バッグひとつで出かけたのですが、特にバース・ブルーズ・フェスティヴァルでは雨に降られてしまって、もうびしょ濡れ。寝る場所もないから疲れるし、イギリスの夏は夜間となるとけっこう寒いし、かなり悲惨な状況でした(笑)。でも、音楽的にはすごい体験をさせてもらえました。音楽的な素晴らしさと状況的な悲惨さ、両方の思い出があります。
そんなことで、僕はフジロックにも長年出かけていなかったんですが、ここ数年はInterFMの仕事などで行かせてもらうようになりました。すると、必ずいい出会いがあります。昔のフェスティヴァルはステージが一つで、セット替えにも時間がかかって必ずしも効率のいいものではありませんでしたが、今のロック・フェスティヴァルにはいくつもステージがあるから、その行き来に疲れることはあるけれど、たまたま通りかかったステージで「おっ、いいじゃない?」という発見もある。そんな楽しみがあるのもフェスティヴァルのいいところでしょう。
summer sonic 2014
東京◎8/16 sat , 8/17 sun (QVCマリンフィールド&幕張メッセ)
大阪◎8/16 sat , 8/17 sun (舞洲サマーソニック大阪特設会場)
同じく夏のロック・フェスティヴァルでも、僕は都市部で開催されるライヴに足を運んだことがありませんでした。そんな僕ですが、今年のサマーソニックには初めて観に行くことになりそうです。というのも、これに出演するロバート・プラント(東京◎8/16:MARINE STAGE/大阪◎8/17:OCEAN STAGE)の音楽がとても面白いからなんです。普段から、レッド・ゼペリン嫌いで知られる僕がこんなことを言うと、不思議に思われるかもしれません。でも、ゼペリンを離れたところで歌っているプラントのヴォーカルは好きなんですよ。1984年に、ナイル・ロジャーズやジェフ・ベックらと組んで結成したハニードリパーズというユニットで出したミニ・アルバム『Volume One』では昔のロックンロールやR&Bをカヴァーしていますが、エルヴィスも好きだっただろうなと思うような、50’sや60’sの音楽をプラントに歌わせるとすごくいいんです。また、アリスン・クラウスと歌ってグラミー賞5部門を獲得したアルバム『Raising Sand』も、すごく丁寧に作られていて、「歌心があるなぁ」と思わせる、とてもいいアルバムでした。
そんなことで、僕はフジロックにも長年出かけていなかったんですが、ここ数年はInterFMの仕事などで行かせてもらうようになりました。すると、必ずいい出会いがあります。昔のフェスティヴァルはステージが一つで、セット替えにも時間がかかって必ずしも効率のいいものではありませんでしたが、今のロック・フェスティヴァルにはいくつもステージがあるから、その行き来に疲れることはあるけれど、たまたま通りかかったステージで「おっ、いいじゃない?」という発見もある。そんな楽しみがあるのもフェスティヴァルのいいところでしょう。
そして今回、ロバート・プラントが日本に連れてくるバンドのメンバーには、イギリスのギタリスト、ジャスティン・アダムズと、最近彼とよく組んでいるガンビア出身の一弦フィドル奏者であるジュルデー・カマラが含まれています。この二人は2010年に日比谷の野音で行われたフェスティヴァルで観ましたが、これがまた面白かったんです。彼らは、『Soul Science』というアルバムでも共演していますから、ぜひ聴いてみてください。
子どもの頃、お父さんの仕事の関係で北アフリカにしばらく住んでいたというジャスティン・アダムズは、“砂漠のブルーズ”と称されるティナリウェンのデビュー・アルバムをプロデュースして話題になり、僕も注目していました。ロバート・プラントも、サハラ砂漠や北アフリカの音楽は好きですね。レッド・ゼペリンに「Kashmir」という曲がありますが、タイトルこそ中央アジアのあたりを思わせますが、実は北アフリカふうのメロディを使っています。そんなプラントですから、ジャスティン・アダムズともつながっていて、ライヴもちょくちょく一緒にやっています。そしていよいよ、ガンビアの相棒も参加するということで、これはぜひ観てみたいなと思いました。
今年のサマーソニックにはもう一人、注目のアーティストが登場します。プラントが出演する日の翌日になりますが、ベン・ワット(大阪◎8/16:SONIC STAGE/東京◎8/17:SONIC STAGE)の名がラインアップされているのです。言うまでもなく、彼はエヴリシング・バット・ザ・ガールの片割れでした。一方のトレイシー・ソーンはEBTG解散後もソロ・アルバムを何枚か出していますが、ベンが今年発表したアルバム『Hendra』は31年振りのソロ・アルバムとなるそうです。そのサウンドは、EBTGにつながる部分もあるけれど、意外なほどポップで、いいメロディを持っています。聴く人がどのように評価するかは分からないけれど、僕は素直に楽しめました。仕事の都合で2日間のうち、観に行けるのはどちらかになりそうなのですが、いやあ困ったものです(笑)。
FUJI ROCK FESTIVAL ’14
7/25 fri 〜 7/27 sun(新潟県 苗場スキー場)
さて、夏のロック・フェスティヴァルのお勧めをもう一つ。グレイトフル・デッドのベーシスト、フィル・レッシュが初来日し、フジロックにやってきます。7月26日(土)、彼らフィル・レッシュ&テラピン・ファミリー・バンドが出演する“FIELD OF HEAVEN”というステージは、ジャム・バンドがよく似合う場所です。フジロックには2003年にボブ・ウィアーが来日していますが、僕は観ることができませんでした。デッドのメンバーの来日は久々ですから、今回はぜひ観たいと思います。
フィル・レッシュは、アメリカでフィル&フレンズという名義でライヴ活動していて、その都度メンバーを変えています。今日持ってきたCD『Live At The Warfield』は、2006年にサンフランシスコのウォーフィールドで行われたコンサートを収めたライヴ・アルバムです。参加ミュージシャンは、ジョン・スコーフィールド、ジョーン・オズボーン、グレッグ・オズビー、ラリー・キャンベルなどかなりいいメンバーで、デッドの人気曲「Scarlet Begonias」などを演奏しています。フィルはベースを弾く時にピックを使うのですが、ダウン・ストロークだけでなく、ギタリストのようにアップ・ストロークも用いるのが特徴的だと言われています。彼は現代音楽を学んだことがあり、ベーシストになる前は、同じく単音系の楽器であるトランペットも習得していたようです。今年で74歳のフィルですが、フジロックでは若いメンバーを引き連れて、体力の続く限り楽しいステージを見せてくれることでしょう。
我らがバラカンさんに、オーディオの素晴らしさを堪能していただくこのコーナー。今回は、「9.0ハイト・サラウンド」という画期的なフォーマットで、最新のマルチ・チャンネル音響の世界を体験してもらいました。「9.0ハイト・サラウンド」は、従来のサラウンドが水平レイヤーだけに広がるのに対し、上部レイヤーにも前後に4つスピーカーを配置して、3次元の響きを採り入れることで、とても自然な音空間の表現を可能にする技術です。このフォーマットを研究している毎日放送の入交英雄さんに聴かせてもらったのは、教会や音楽ホールで収録したビブラフォン、マリンバ、ピアノの演奏で、シンタックス・ジャパンがサポートするデジタル伝送システムなどにより、録音現場の空気感がとても正確に伝わってきます。
これまで、サラウンドについては「興味はあるけれど、本当に聴き応えのある音源がどれだけあるかは疑問ですね。SACDの5.1chなどを聴くと、どれもちょっと無理をしているなというのが正直な感想でした」というバラカンさんでしたが……。
「ものすごく存在感のある音ですね。もしかしたら、生で聴くよりもリアルかもしれない。そんなハイパーリアルな感じもしました。実際の生演奏は、もう少し柔らかい印象になるでしょうか。でも、変に違和感のある音ではありません。ペンギン・カフェ・オーケストラみたいな音楽をこのシステムで聴けたら、きっと楽しいでしょうね」
今回の9.0サラウンドの特徴は、何と言っても天井に配置するスピーカーですが、私たちはこれを便宜上「ハイト・スピーカー」と呼んでいます。天井の4隅への配置で矛盾無く再生できるよう、録音時のマイク・セッティングなども気をつけて行っています。写真は、神戸松蔭女学院大学の教会で、名倉誠人氏が演奏するビブラフォンとマリンバを録音したときのもの。この教会の残響時間は4秒弱と非常に長いのですが、演奏曲はバッハのバイオリン無伴奏パルティータからで、実に良く残響とマッチしていました。こういった場所で普通のステレオ録音を行うと、残響時間が長いため、教会の残響をたっぷりと録音すると、マリンバの音はぼけてしまい、逆にマリンバの明瞭度を上げると、教会なのにホールと変わらないような残響となり、結局はどちらもつまらない録音になりがちなのです。
今回の9.0サラウンドで私たちが目指したのは、現場の空間を切り取り、それをリスニングルームに再現することです。この試みは成功し、聴いてくださった多くの方々が教会にいるような錯覚を起こされたことと思います。9.0サラウンドは、録音家にとって共通の課題である「豊穣な残響と明瞭度の高い演奏音の両立」を可能とする、一つの解でありましょう。
ステレオで聴けるハイレゾ音源が身近になり、「音の切れが良くなった」、「定位が正確になった」という声を耳にするようになりましたが、9.0サラウンドではまさに次元の異なる音を聴くことができます。スピーカーの存在を忘れ、「音の切れ」とか「定位」などということすら吹っ飛んでしまう。そんな魅力が9.0サラウンドにはあると感じています。
今はまだ、9.0サラウンドをそのままユーザーの皆さんにお届けすることはできませんが、ハイト・チャンネルは2つでも絶大な効果がありますから、現在、7.0フォーマットでユーザーにお届けできる方法を探っているところです。ぜひ近いうちに、皆様にこの至福感を味わっていただけたらと願ってやみません。
◎今回のリスニング・システム