ふだんはWebマガジンの形で、我らがピーター・バラカンさんがお勧めする「いい音楽」や「良さそうなライヴ」をどんどん紹介している「A Taste of Music」。この内容を、「ぜひ実際に音を聴きながら楽しんでほしい」という実にシンプルな動機から実現したのが、イヴェント版「A Taste of Music」だ。2015年5月26日、代官山のカフェ&バー「山羊に、聞く?」で開催されたこのトーク&試聴イヴェントには、多くの音楽ファンがつめかけ、立ち見が出るほどの盛況となった。
そもそも「A Taste of Music」とは、高級オーディオの輸入商社とライヴ・レストラン、さらに国内のオーディオ・アクセサリー・メーカーなどがタッグを組んで、一人でも多くの音楽バカ……いや、音楽好きを増やそうという共通認識の下にスタートした活動で、具体的には、レコードやCD、ハイレゾ音源を含む録音物をより良い再生環境で聴くことの楽しさ、そして、注目の来日アーティストを中心としたライヴ鑑賞の醍醐味という、音楽体験の面白さを“内と外”の両面から掘り下げようというもの。案内役は、「いい音楽」探しに鋭い嗅覚を発揮するブロードキャスター、ピーター・バラカンさん。Web版では毎回、バラカンさんが独自の視点でその時々の旬なアーティストと作品の聴きどころなどについて、実際に音を聴きながら興味深いエピソードを添えて語ってくれている。
さて、今回初の試みとなったイヴェント版の「A Taste of Music」では、集まってくれた音楽ファンに向け、「山羊に、聞く?」の美味しいフードとドリンクとともに、協賛各社が自慢の機材を持ち寄ってシステムを組み上げ、「いい音」のおもてなしを全力で施してくれた。「せっかくの機会だから、音楽ソースによる音の違いもぜひ楽しんでほしい」というバラカンさんの希望から、アナログ・レコード/CD/ハイレゾ・ファイルのすべてを高音質で試聴できるシステムが用意されたのだ。当日は、正午あたりから各社の機材が次々と運ばれ、セットアップが完了すると、音源フォーマットごとに調整がじっくりと行われた。電源回りにも気を遣い、施設側のコンセントも工事してしまうなど、「いい音」にかけるメーカーのこだわりを感じさせる場面が随所に見られ、その結果、どの音源もフォーマットの持ち味を発揮した、充実の鳴りを聴かせてくれた。
19時30分、満員の観客を得て始まったイヴェントは、東京・丸の内のライヴ・レストランCOTTON CLUBでの来日公演が組まれているジョン・パティトゥーチの最新作で幕開け。挨拶替わりの1曲目は、スロー・テンポな「Go Down Moses」だ。ふだんから、オーディオショーなどに行き慣れている人たちとは違う、一般のリスナーにとって、こうしたハイ・エンドの部類に入るオーディオの音がどう響くのか。当イヴェントでは、メーカー側から機材に関する詳しい説明は一切なく、簡単な概要をバラカンさんに伝えてもらっただけ。出てくる「音」そのものが協賛メーカーにとっては勝負と言える。会場を見渡すと、1曲ごとに観客たちの耳がピーンと立って、スピーカーに向けられていたように感じた。それは、いわゆるオーディオ・マニアな聴き方ではなく、音楽としての面白みを感じるかどうか。多くの観客は無意識のうちにそんなジャッジを楽しんでいたようにも思う。
そして、興味深かったのは、ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』の「むなしき愛」(Love in Vain)を俎上に載せて行ったアナログ・レコード/CD/ハイレゾ・ファイルの聴き比べ。「3つの中で、いちばんいいと思った音源はどれ?」というバラカンさんの問いかけに、最も反応が多かったのはアナログ・レコードで客席のおよそ半分から手が挙がったが、ハイレゾが良かったという人、CDがいちばんだったという人も少なからずいて面白い。これにはバラカンさんも「“いい音楽”が人それぞれなのと同じように、“いい音”の好みも人によって様々です。自分の好みや聴く部屋に合ったものを選べばいいのでしょう」とコメント。音源フォーマットのスペックだけがすべてではないところも、オーディオの不思議であり、面白さだ。
そんなふうに、音楽と音を巡る静かな興奮とともに盛り上がってきたイヴェントもいよいよ後半に差し掛かったが、ここで会場は絶叫に包まれることになる。「ちょうど来日中のお友だちが来てくれたので紹介します」というバラカンさんのアナウンスに促されて登場したのは、なんと矢野顕子さん。予期せぬシークレット・ゲストのお出ましに会場全体が大喜び。ここからは矢野さんとのトークと彼女の好きなアーティストやご自身の作品を観客と一緒に試聴。ジョナサ・ブルックやパンチ・ブラザーズのアルバムに次いで、矢野顕子作品『愛がなくちゃね。』もアナログ・レコードとCDで聴き比べをしてみることに。曲目は矢野さんもお気に入りだという「女たちよ男たちよ」。まずはCDをかけて、ご本人に当時の思い出などを披露してもらう。続いて、同じアルバムのレコードに針が落とされると、真っ先に驚きの表情を浮かべたのは矢野さんで、「ぜんぜんいいじゃない!」と言いながら、とても楽しそうに聴き入る姿が印象的だった。
約2時間におよんだイヴェントも無事終了。帰り際、ステージではスピーカーなどをスマホで撮影している人もちらほら。イヴェントへの感想を尋ねると、オーディオの買い換えを予定しているというある女性は「今日は同じ音源をレコード、CD、ハイレゾで聴き比べられるのが楽しみでした。それぞれの特徴を大きな音でリアルに確認できたので、来てよかったです。トークも楽しく、音も素晴らしかった。今日の印象ではアナログもすごく良かったので、もうどうしようかなって感じです(笑)」。また、会場のハイ・ファイ・システムで聴いてみたいと、お気に入りのレコードを持ってきてくれた方は、「好きなアルバムを矢野さんと一緒に聴くことができて、とても嬉しかった」と語ってくれた。そして、A Taste of Music Vol.5にも参加してくれたTさんは、「各種音源の聴き比べはとても興味深いものでした。聴いていて、その音楽の特性によってベストなものは違うだろうし、場合によっては、“どの媒体で聴いてもらいたいか”を想定した音作りも可能なのではないかと感じました」とのコメントを寄せてくれた。今後もこのイヴェントが、「自分に合った音楽の聴こえ方」を探すきっかけになり、忘れかけていた音楽の力を取り戻す場となれば、それは素晴らしいことだと思う。
そして矢野顕子さんは、「今日は“ピーターの部屋へようこそ!”という感じで、ひたすら楽しかったですね。聴いた中では、やっぱりアナログ・レコードが、もう涙が出るくらい良かったです!」というコメントを残して会場を後に。集ったみんなが、それぞれに好きな音を見つけた夜なのだった。
◎試聴曲リスト
01.ジョン・パティトゥーチ『ブルックリン』より「Go Down Moses」(CD)
02.ロバート・グラスパー『ダブル・ブックド』より「Butterfly」(CD)
03.ヴァン・モリソン『デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ』より「If I Ever Needed Someone」〈with メイヴィス・ステイプルズ〉(LP)
04.ヴァン・モリソン『デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ』より「If I Ever Needed Someone」〈with メイヴィス・ステイプルズ〉(CD)
05.ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』より「Love in Vain」(Hi-Res:24bit/192kHz,flac)
06.ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』より「Love in Vain」(CD)
07.ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』より「Love in Vain」(LP)
08.ジョナサ・ブルック『The Works』より「All You Gotta Do Is Touch Me」〈with ケブ・モー〉(CD)
09.スティーリー・ダン『うそつきケイティ』より「Doctor Wu」(LP)
10.パンチ・ブラザーズ『The Phosphorescent Blues』より「Magnet」(CD)
11.矢野顕子『愛がなくちゃね。』より「女たちよ男たちよ」(CD)
12.矢野顕子『愛がなくちゃね。』より「女たちよ男たちよ」(LP)
13.小坂忠『HORO2010』より「機関車」(LP)
14.矢野顕子+TIN PAN『さとがえるコンサート』より「こんなところにいてはいけない」(Hi-Res:24bit/48kHz,wav)
15.ディアンジェロ『ブラック・メサイア』より「Betray My Heart」(LP)
◎試聴システム
プリ・アンプ:PRIMARE / PRE60
パワー・アンプ:PRIMARE / A60
スピーカー:ELAC / FS 409
オーディオ・ラック:Bassocontinuo / ACCORDEON
〈ハイレゾ〉
FIREFACE UFX
ネットワーク・プレーヤー:LINN / KLIMAX DSM
〈アナログ・レコード〉
レコード・プレーヤー:LINN / KLIMAX LP12
カートリッジ:LINN / KANDID
*ケーブル類などはすべて ACOUSTIC REVIVE製品 を使用