Contents
Movie Review
『Looking for Lennon』
◎Recommended Albums
Peter Barakan’s Best Albums of 2022
Jeb Loy Nichols “United States Of The Broken Hearted”
Horace Andy “Midnight Rocker”
Tommy LcLain “I Ran Down Every Dream”
Dr. John “Things Happen That Way”
Mavis Staples & Levon Helm “Carry Me Home”
Toots Thielemans Meets Rob Franken “Studio Sessions 1973-1983”
Bill Frisell “Four”
Tom Petty & The Heartbreakers “Live At The Fillmore, 1997”
◎PB’s Sound Impression
Acoustic Revive Listening Room
構成◎山本 昇
Introduction
楽しかった音楽好きの人たちとの再会
ウクライナに対するロシアの軍事侵攻で始まった2022年は、いい話を思い出すのが難しい、できれば忘れてしまいたいような1年となりました。個人的には音楽映画祭「Peter Barakan’s Music Film Festival」の第二弾もいい手応えが得られたこと、また、音楽祭「Live Magic!」が3年ぶりに有観客で開催できたことはいい出来事として記憶できています。プライヴェートでは、多くの人たちと同じように夏休みもほとんど出かけられませんでしたから、想い出に残るようなことはあまりなかったでしょうか。それでも、いつものように国内の各地で色々なイヴェントに出かけて、コロナで少しご無沙汰していた音楽好きの人たちと再会できたのは楽しかったですね。2023年がどんな年になるのかは分かりませんが、今年もA Taste of Musicはゆるゆると続けていきますので、どうぞお付き合いください。
Movie Review
ビートルズ結成前のジョンを捉えた
注目のドキュメンタリー映画
『ジョン・レノン~音楽で世界を変えた男の真実~』
ジョン・レノンにまつわるドキュメンタリー映画『ジョン・レノン~音楽で世界を変えた男の真実~』が公開されています。ビートルズとしてデビューする前までの彼の生い立ちなどについて、主に地元リヴァプールの友人や知人へのインタヴューを通じて掘り下げる内容です。最近の音楽ドキュメンタリーにはありがちですが、昔の話だから当時の映像は多くはありません。どうしても関係者たちの談話で構成せざるをえないわけですが、そうした話はそれぞれに面白くて見応えがあります。貴重な写真などを交えて上手く編集されていて、飽きさせません。
ジョン・レノンが幼少期をどう過ごしていたか。彼のファンなら、ミミ伯母さんに育てられたこと、お母さんが交通事故で亡くなったことなどは断片的に知っているわけですが、その頃の家族関係についての詳細は僕も含めてあまり知られていなかったと思います。この映画はそのあたりについても参考になることが多いんです。映画ではまた、お父さんとの関係にも触れられていて、幼いジョンをニュー・ジーランドでの生活に誘っていたというエピソードも紹介されていました。あの時代では確かに、イギリスからオーストラリアやニュー・ジーランドへの移住はわりとよくある話でした。いまと違って、申請すればすぐにもOKが出たんですね。僕が中高生の頃の友達の中にはいまもオーストラリアのメルボルンに住んでいる人がいます。ちなみに、メルボルンあたりは気温もロンドンとあまり変わりません。ニュー・ジーランドも、ノース・アイランドの北のほうならそこそこ暖かいけれど、大雑把に言えば南半球のイギリスみたいなところですから。サウス・アイランドの冬は雪も降りますしね。
話は逸れましたが、どんな人も幼少期の色々な出来事が影響して大人になっていきます。ジョン・レノンの場合、お父さんとお母さんとの関係は特に大きかったんだと思います。僕は心理学者じゃないから、はっきりしたことは言えませんが、子供の頃の彼にはどこか負い目があって、それを庇うかのようにちょっと攻撃的になっていた面があるのかもしれません。
映画ではミミ伯母さんについて触れられていて、彼女にはリヴァプールのアクセントがまったく感じられず、まるでBBCのアナウンサーみたいな話し方だったと。「ワーキング・クラス・ヒーロー」という曲を書いたジョンは、実は労働者階級のそれとは違う育て方を受けていたみたいです。彼を育てたミミ伯母さんはどちらかというと中産階級で、家は庭付き。裕福ではありませんが、ビートルズのメンバーの中では、比較的恵まれた暮らしができていたようです。彼女が使っていた“common”(コムン)という言葉。一般的には「普通の」という意味ですが、あの時代のイギリスでは「品がないこと」を意味していました。要するに「労働者階級のような」というニュアンスになります。ミミ伯母さんはこのcommonを快く思っていませんでしたから、ジョンが少しでもリヴァプールの訛りで話すのを嫌がるんですね。でも、ジョンはそんな彼女の態度に反発して必要以上に訛ってみせる。この時代のイギリスのドキュメンタリーを観ると、自分がイギリス人だから余計にそうなのかもしれませんが、階級社会の弊害というものをすごく感じます。ドキュメンタリーもそうだし、劇映画でも細かい部分に注目すると社会全体の雰囲気がよく分かります。
ジョンの仲間の話はどれも面白かったですね。特に、アート・スクールで仲良しだった同級生、ヘレン・アンダスンが明かしたエピソードも興味深かったです。当時のイギリスでは、アート・スクールというのもまた独特の存在でした。大学に進学する人は僕の時代、つまり1960年代の終わり頃で1割くらいと言われていましたから、ジョンの頃にはもっと少なかったんじゃないかと思います。ほとんどの人は15〜16歳で学校を卒業してすぐに仕事に就いていました。大学に入るのはかなりハードルが高い時代に、すぐには就職したくなければ、アート・スクールに進学するという選択はわりとよくあるコースでした。絵を描くだけでなく、グラフィックやファッションのデザインとか、そういうクリエイティヴな才能が少しでもあればけっこう入れたものだったんです。エリック・クラプトン、ピート・タウンゼンド、レイ・デイヴィスなど、後にミュージシャンになる人にアート・スクールの出身者は意外に多いですよね。そして、ジョンがスチュアート・サトクリフに出会ったのもアート・スクールだったというわけです。まぁ、僕もそうですが、スーツにネクタイという普通の就職に抵抗のある若者たちは昔もそういう道をたどっていたんですね。
ミュージシャンも俳優も作家も、クリエイティヴな人というのは有名になってからのことはメディアでも伝えられるわけですが、幼少期を含めて過去に何をしていたかはあまり知られていません。評伝が出ていればそれを読んだり、こうしたドキュメンタリーを観たりしてはじめて、「こういうことがあって、ああいう人になったんだ」と分かるわけですね。この映画ではジョンに関する貴重な資料もたくさん出てきます。さすがに動画はありませんが、印象的だったのが、何かのパレードでクオリーメンの面々がトラックの荷台に乗って演奏している写真。なんかショボくて全然注目されていない感じで(笑)。まぁ、後のビートルズがあるから、クオリーメンも有名になったわけですけれど。ビートルズが好きな人なら楽しめる映画だと思いますので、ぜひ映画館に足を運んでみてください。
Recommended Albums
2022年のベスト・アルバムを発表!
さて、ここからは僕が選んだ2022年のベスト・アルバムについてお話ししたいと思います。僕は常に自分の好みの世界で生きている人間だから、ベスト・アルバムを選ぶ基準は何も変わりませんが、前回Vol.40の冒頭でも少しお話ししたように、アルバムというより曲ごとに聴くことが年々多くなるという変化は続いています。雑誌『ミュージック・マガジン』では毎年年末に、その年のベスト・アルバムを僕も紹介していましたが、今回は編集部から依頼がきませんでした。「ああ、いよいよお役御免になったのか」と、少し寂しい気持ちになっていたのですが(笑)、先日、編集者から連絡がありました。前回、2021年の選盤のやりとりをするメールで僕が「最近はアルバム単位で聴くことが少なくなった」ということを書いたので、リストを作ってもらうのは大変かなと思って声がけをしなかったということでした。以前のようにアルバムにこだわって聴かなくなったのは確かです。でも、僕はいつも音楽を聴いているから、心に引っかかるものは常時、確実にある。そういう意味では例年と何も変わりません。引っかかる音楽の傾向も、相変わらずさまざまです。まぁ、どちらかというと歳をとった人や亡くなってしまった人の作品が多いかもしれませんけれど。それでも選ぶ基準はただ一つ、「これはいいね!」と感じられるかどうか−−−それだけなんですよ。
ジェブ・ロイ・ニコルズ
『United States Of The Broken Hearted』
派手さはないのに“これはすごい”と感じさせる何かがある
まずはジェブ・ロイ・ニコルズの最新作『United States Of The Broken Hearted』。これはもう、聴いた途端に年間ベストの一つだなと思ったくらいインパクトが強かったアルバムです。この人は1997年にアルバム・デビューしていますから、もう25年くらいシンガー・ソングライターとして活動しています。名前は知っていても、ちゃんと聴いたことがなかったのですが、友達から「たぶん好きだと思うから、ぜひ聴いてみて」とメールをもらったのがきっかけでした。
1曲目の「Monsters On The Hill」、2曲目の「Big Troubles Come In Through A Small Door」を聴いて分かるように、派手さはないけれど、「うわっ、これはすごいな」と感じさせるものがありました。淡々と歌っていますが、歌詞もいいんですよ。彼は中西部で生まれ育ったアメリカ人で、ロンドンに住んだ後、いまはウェールズの田舎で暮らしているのですが、墓穴を掘っているような現在のアメリカを歌っていたりして、それがけっこう響いてくるんです。音的にもすごく面白くて、ダブやレゲエを得意とするエイドリアン・シャーウッドがプロデューサーを担当しています。昔はロンドンに住んでいたシャーウッドは、かつてリゾート地だったイギリスの南の海岸に居を移し、そこにスタジオを構えて音楽制作を行っています。80年代からずっと自身のレーベル「On-U Sound」のプロデューサーとして活動していて、かなりぶっ飛んだダブのレコードも手掛けています。僕は必ずしもその世界に完全についていけるわけではないけれど、中にはときどき引っかかる作品がありました。そんなアルバムの一つがジャマイカのシンガー、ビム・シャーマンの『Miracle』(1996年)です。ストリングズの使い方が独特で、『United States Of 〜』を聴いたとき、「あ、『Miracle』みたいだな」と思ったんです。シャーウッドも、ジェブ・ロイ・ニコルズの新作に関して『Miracle』と比較するようなコメントを出しています。『United States Of〜』にもダブの要素が少し入っていますが、それほど強いものではありません。そのほか、トランペットの入れ方とか、普通のシンガー・ソングライターのレコードには出てこないような楽器の使い方がなされていて、センスがいい。全体的に僕の好みにドンピシャな感じのアルバムです。
ホレス・アンディ
『Midnight Rocker』
エイドリアン・シャーウッドの手で現代に甦ったルーツ・レゲエ
年間ベストの一つだなと思ったもう一つのレゲエ・アルバムが、ホレス・アンディの『Midnight Rocker』です。たまたまですが、こちらもエイドリアン・シャーウッドが「On-U Sound」レーベルの作品としてプロデューサーを担当しています。ホレス・アンディは71歳になるヴェテランで、マッシヴ・アタックのファースト・アルバムに参加したこともあるシンガーですね。そして、このアルバムのクレジットをよく見ると、うち3曲の作曲者としてジェブ・ロイ・ニコルズの名前もあります。1曲目の「This Must Be Hell」はアルバムが出る前に配信されたのですが、時期的にはロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった直後だったと思います。「ここは地獄に違いない。地球に平和がないから」というこの歌詞は、ウクライナ戦争が始まる前に書かれたものだと思うけれど、あまりにもタイムリーだったので響いてしまって……。こちらも、すごいインパクトがありました。サウンドは21世紀のものじゃないんです。このようなルーツ・レゲエは70年代のもの。80年代になるとレゲエはダンス・ホールになってしまったわけだから。いまどきこんなルーツ・レゲエのレコードを新譜で聴くとは思っていなかったからビックリしました。ただ、曲によってはチェロが入っていたりして、やはりエイドリアン・シャーウッドの音作りは面白いですね。そして、暖かみのあるホレス・アンディの歌もすごくいいです。今日のオーディオは、こうしたサウンドを聴いてもいいですね。
トミー・マクレイン
『I Ran Down Every Dream』
エルヴィス・コステロも参加!
スワンプ・ポップのヴェテラン歌手40年ぶりの新作
御年82歳。アメリカのシンガー・ソングライター、トミー・マクレインの、なんと40年ぶりのニュー・アルバムです。途中、自主制作したゴスペルのレコードを出したらしいのですが、おそらく数100枚ほどしか作っていなかったでしょう。そんなレアな1枚を持っていたのが、いっぱしのレコード・コレクターとしても知られるエルヴィス・コステロです。1972年の名盤『Bobby Charles』で知られるボビー・チャールズが2010年に亡くなると、そのトリビュート・コンサートがニュー・オーリンズで行われたのですが、コステロが駆けつけたそのコンサートにはトミー・マクレインも出演しました。二人は楽屋で意気投合。今回のアルバム『I Ran Down Every Dream』にコステロも参加し、楽曲も2曲提供しています。タイトル曲にもなっている「I Ran Down Every Dream (feat. Elvis Costello)」では、コステロのバック・ヴォーカルも聴くことができます。
トミー・マクレインはボビー・チャールズと同じくルイジアナ州の出身です。ルイジアナはケイジャンでも知られるところですが、そのヴィル・プラットという町の小さなインディ・レーベルで、1966にトミー・マクレインが「Sweet Dreams」というカントリーの曲を独特のスタイルで歌って全米でヒットさせます。そのスタイルは、ケイジャンというよりも、最近で言うスワンプ・ポップに近く、フィドルやアコーディオンが入ることが多い音楽に、ソウルやリズム&ブルーズの影響が合わさったようなスタイルです。「Sweet Dreams」以降は、地元でいくつかシングルを出したりしましたが、ヒットには恵まれず、しばらく音楽を離れていたこともあったようです。だた、スワンプ・ポップと呼ばれる音楽シーンはいまだ健在で、『I Ran Down Every Dream』はそこで活動しているC.C.アドコックというギタリストがプロデュースすることで出来上がったものです。
トミー・マクレインのヴォーカルも枯れた感じで、いい味が出ていると思います。曲もいいものが揃っていて、コステロのほか、ニック・ロウもマクレインと曲を共作しています。ファッツ・ドミノで有名な「Before I Grow Too Old」も取り上げていますが、この曲は先ほどお話しした『Bobby Charles』にも収録されていますね。このアルバムは、一般的にものすごく売れるようなものではないけれど、ルーツ・ミュージックが好きな人たちの間ではけっこう話題になったし、なかなか充実したいい作品でした。発売後、地元ルイジアナではライヴも行われたそうです。高齢で普段は車椅子での生活だそうですが、その歌はまだまだ素晴らしいですね。
ドクター・ジョン
『Things Happen That Way』
ようやく発表された遺作アルバムには
エアロン・ネヴィルらも参加
ルイジアナに来たところで、次はドクター・ジョンです。まずは1曲目の「Funny How Time Slips Away」を聴いてみましょう。カントリーのスタンダードのようなこの曲は、ウィリー・ネルスンが作ったものですが、「Gimme That Old Time Religion」では、ウィリーとのデュエットも見られ、彼の息子のバンドが演奏している曲もあります。ほかにも「End Of The Line」でエアロン・ネヴィルがヴォーカルで参加しています。ドクター・ジョンが2019年に亡くなったとき、彼の遺作がすでにレコーディングされているという知らせがありました。いつ出るのかと待っていたのですが、リッキー・リー・ジョーンズのヴォーカルを何らかの理由で差し替えることになったり、何だかんだあったみたいですけど、先ほどのトミー・マクレインの新作のように若いギタリスト、シェイン・テリオが共同プロデューサーとなって制作されました。少なくとも、ドクター・ジョンの歌とピアノは彼の家で録音されているようです。亡くなる前の録音ということで、身体も弱っていたのでしょう。歌も高い部分はすさがに苦しそうですね。
ドクター・ジョンは、ずっと前から好きだったカントリーのアルバムを作りたいと思っていたらしく、いま聴いたウィリー・ネルスンのほか、ハンク・ウィリアムズの「Ramblin' Man」や「I’m So Lonesome I Could Cry」もカヴァーしています。このアルバムではまた、先ほどの「Gimme That Old Time Religion」のようなゴスペルっぽい曲もあったり、全体として素朴な作りですが、ドクター・ジョンが好きな人なら喜ぶアルバムです。「I’m So Lonesome I Could Cry」も聴いてみましょう。この曲を含む5曲でジョン・クリアリーがオルガンなどを演奏しています。それにしても、やっぱりアナログ・レコードで聴くと違いますね。ドクター・ジョン本人は、これが自身最後のアルバムになるとは思っていなかったのではという話もあるのですが、選曲などを見ると、人生の終盤に差し掛かっているという意識はありそうな気もします。まぁ、勝手な想像かもしれませんが。
メイヴィス・ステイプルズ & リーヴォン・ヘルム
『Carry Me Home』
リーヴォン・ヘルム最後のライヴ・レコーディング
ザ・バンドのドラマー、リーヴォン・ヘルムがウッドストックの「Levon Helm Studios」というライヴ・ハウスのようなスタジオで、「Midnight Ramble」という名前のイヴェントを色々なゲストも呼んだりしながら定期的に行っていたんですね。このアルバムは、ステイプル・シンガーズのメイヴィス・ステイプルズを迎えて行われたコンサートのライヴ録音です。
彼女とザ・バンドの最初の接点は、おそらく『The Last Waltz』がきっかけだったと思います。映画の最後にステイプル・シンガーズがだだっ広いスタジオかどこかで「The Weight」を歌うシーンがあるんです。コンサートには参加できなかった彼女たちにも出てもらいたかったのでしょう。アーカンソーで生まれ育ったリーヴォンは、子供の頃からステイプル・シンガーズを聴いていたはずです。このアルバムでも分かるように、二人の相性は抜群にいいですね。アルバムの表記を見ると、メイヴィスとリーヴォンのバンドがそれぞれクレジットされているから、バックの面々は曲によって異なるのかもしれません。「The Weight」では、メイヴィスのほかにかすれた感じのヴォーカルが入っていますが、これはリーヴォンの歌声でしょう。この曲は元々彼の歌ですから。ただ、咽頭ガンを患っていましたから、最後は歌いづらかったと思いますけれど。このライヴ盤の録音は2011年の6月で、亡くなったのは翌2012年の4月。これが最後のレコーディングとなりました。
現在83歳のメイヴィスは、このコンサートの頃はすでに70歳を過ぎていますが、まだまだ元気に歌っていますね。彼女は昨年、ノーラ・ジョーンズのポッドキャストにゲスト出演して一緒に歌った「Friendship」という曲が配信のみで発売されました。ステイプル・シンガーズの初期のリーダーだったお父さん、ポップス・ステイプルズがなくなる前、最後に残したソロ・アルバムがあって、その中に収録されたこの曲をノーラとのデュエットで歌っています。これもまたすごく素敵な曲です。
トゥッツ・ティールマンス・ミーツ・ロブ・フランケン
『Studio Sessions 1973-1983』
異色コンビの“FUMU”なセッション集は
2022年の隠れた愛聴盤
「セサミ・ストリート」のエンディング・テーマでも知られるハーモニカ奏者のトゥッツ・ティールマンスと、フェンダー・ローズを奏者するロブ・フランケンの10年にわたるスタジオ・セッションを集めたCD3枚組です。スタンダードを含め、色々なタイプの曲が収録されています。その中から、今日は80年代初頭のセッションから「Goodbye Pork Pie Hat」を聴きたいですね。トゥッツは2016年に94歳で亡くなりましたが、ロブ・フランケンは1983年に42歳の若さで亡くなりました。ベルギー人のトゥッツとオランダ人のロブは70年代からセッションを重ねるようになりました。
彼らには“FUMU”(フームー)という共通のキーワードがあります。“Function”(機能)と“Music”、日本で言うBGMのことなんですが、そのセッションに呼ばれたのが共演するようになったきっかけだったそうです。トゥッツはジャズの世界での有名人だから、BGMのセッションと聞くと意外ですよね。でも、中にはこの二人のオリジナル曲もあったりするものの、ほとんどはジャズの有名な曲やブラジルの音楽を取り上げていて、この演奏がすごくいいんですよ。レーベルは「Nederlands Jazz Archief」となっていますから、文化事業を行う組織がこの音源を掘り起こしてCD化したのでしょう。
トゥッツというとハーモニカが天才的ですが、ギターも上手なんです。しかも、ジョージ・ベンンみたいに、ギターに合わせて同じメロディを口笛で吹くんです。これはかなりの名人芸。このセッション集でもけっこうな数の曲で披露されています。
一方、ロブ・フランケンが弾くのはほとんどがフェンダー・ローズです。彼の弾き方やコードの捉え方は、ファンクをやり出した頃のハービー・ハンコックあたりをよく聴いていたのだろうと思わせます。僕は昔からハモンドとフェンダー・ローズが大好き(笑)。オルガンとエレクトリック・ピアノには目がないんです。だから、この組み合わせには大変興味をそそられて、3枚全部聴いてみましたが、これがまたすごく気持ちいいんですよ。セッションにはこの二人以外に、ベイスやドラムズ、ギター、そして一部でフルートとサックスの奏者も参加しています。ロブはローズのほか、曲によってピアノやシンセサイザーも弾いています。ミュージシャンのほうも、BGMだからと軽く流している感じはありません。聴けば真剣にやっているのが伝わります。決してバカ売れするようなアルバムではありませんが、僕にとっては隠れた愛聴盤となりました。ちなみに、うちの女房に何の情報もなしに聴かせてみたら、「なんかBGMみたいね」と言っていましたが(笑)。
ビル・フリゼル『Four』
アメリカの広い空を思わせる
独特のふわっとしたギター・サウンド
ギタリスト、ビル・フリゼルが2年ぶりに出したアルバムです。アナログでは2枚組ですね。まずは「The Pioneers」から聴きましょうか。この曲、どこかで聴いたことがあるなと思ったら、1999年の『Good Dog, Happy Man』や2018年の『Music Is』でも演奏していますね。このほか、「Lookout For Hope」、「Monroe」、「Good Dog, Happy Man」もかつて録音した曲です。ビル・フリゼルはアルバムを出すたびに雰囲気を変えたり、共演するミュージシャンを変えたりしますから、今回も同じ曲をこの面子でやってみようと思ったのでしょうね。メンバーは、グレゴリー・ターディ(サックス、クラリネット)、ジェラルド・クレイトン(ピアノ)、ジョナサン・ブレイク(ドラムズ)との4人編成で、ベイシストがいないんです。でも、こうして聴いてみると物足りなさはまったく感じません。ビル・フリゼルがバリトン・ギターも弾いているからか、低音もしっかり出ている印象です。また、グレゴリー・ターディも、曲によってベイス・クラリネットを吹いています。全体的にすごく繊細な音がいいですね。これまでビル・フリゼルの多くのアルバムを手掛けてきた盟友のリー・タウンゼンドが今回もプロデューサーを担当しています。
たまたまですが、ビル・フリゼルとジョン・スコーフィールドは僕と同い年。この二人のレコードを聴くと、同じ音楽を聴いて育ったのが分かります。二人ともすごく個性的なサウンドを持ったギタリストで、スコーフィールドが“動”なら、フリゼルは“静”でしょうか。スコーフィールドもなかなかエクセントリックなところがあるけれど、フリゼルは輪をかけてエクセントリック。エフェクターの使い方なのかもしれないけれど、聴いた途端に彼の音だと分かります。独特のふわっとした感じのサウンドはゆったりとしていて、アメリカのルーツ・ミュージックに通じる広い空を想像させます。タイプはちょっと違うけれど、そこはパット・メシーニーと少し共通する部分かもしれません。このギターが僕はすごく好きなんですよね。
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ
『Live At The Fillmore, 1997』
ストーンズなどのカヴァーも盛りだくさんな
“フィルモアの20回”
1997年、一度閉鎖された後に改装して営業を再開したサン・フランシスコのコンサート会場フィルモアで、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズが1ヵ月間に20回ものライヴを行いました。ほとんどハウス・バンドだと、自分たちで冗談を言っていたくらい出突っ張りだったわけですね。アメリカではものすごく人気のあるバンドですから、ツアーを行うとなれば会場は10,000人以上収容するアリーナと決まっていました。アルバムが出るたびに、大規模なツアーを繰り返してきたわけですが、そうした中、トム・ペティは自分たちが楽しめるライヴを久々にやってみたいと思っていたらしいんですね。そして、それをやるなら彼らがデビューしたときから支持してくれたサン・フランシスコでやりたいと。そこで、改装したあとのフィルモアで当初は10回くらいの予定で企画したんですが、チケットがどんどん売れていき、結局は20回もやることになって、そのうちの6回が録音されていたんですね。2009年に出た4枚組のライヴ・アンソロジーCDには、このときのライヴ音源が数曲だけ収録されました。
この「フィルモアの20回」では、自分たちの曲は半分以下、あとは色々な曲のカヴァーをやっています。トム・ペティは僕より一つ年上なので、やはり60年代の音楽を青春時代に聴いています。最も影響を受けたのは、イギリスはビートルズ、アメリカではバーズなんですが、今回の『Live At The Fillmore, 1997』のCD4枚組のデラックス・エディションにはストーンズ、キンクス、チャック・ベリー、ボ・ディドリー、ボブ・ディラン、J.J.ケイルなどなどたくさんのカヴァー曲が収められています。ジョン・リー・フカーやバーズのロジャー・マグウィンが飛び入りした曲も入っています。もちろん、「American Girl」や「Listen To Her Heart」、「You Don’t Know How It Feels」などトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの持ち歌も多数収録されています。大好きな「The Wild One, Forever」も入っているのも僕には嬉しい! いやぁ、いいライヴ盤だわ(笑)。
僕にとってハートブレイカーズは、アメリカの理想的なロックンロール・バンドです。彼らとロス・ロボスはあの時代にあって断トツに良かった。トム・ペティのヴォーカルも素晴らしいし、バックもすごく良くてキーボードのベンモント・テンチも素敵なミュージシャンだし、アヴェレッジ・ワイト・バンドからハートブレイカーズに移ったドラマー、スティーヴ・フェローニもすごくいい。本当にバンドらしいバンドで、このフィルモアのライヴではセット・リストも毎日自在に変えながら、伸び伸びとやっています。このライヴ盤は文句なく楽しめます。CD2枚組のヴァージョンもありますが、やはり4枚組のデラックス・エディションをお薦めします。ヴィジュアル系ではなかったからか、日本ではなぜかそれほど人気が出なかったトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ。もっともっと売れていいはずなんですけどねぇ。
Peter Barakan’s Best Albums of 2022
Gyedu-Blay Ambolley “Gyedu-Blay Ambolley and Hi-Life Jazz”
Horace Andy “Midnight Rockers”
Dr. John “Things Happen That Way”
Bill Frisell “Four”
Norah Jones & Mavis Staples “Friendship”(配信のみのシングル)
Tommy LcLain “I Ran Down Every Dream”
Jeb Loy Nichols “United States Of The Broken Hearted”
Alhaji Waziri Oshomah “World Spirituality Classics 3: The Muslim Highlife Of Alhaji Waziri Oshomah”
Tom Petty & The Heartbreakers “Live At The Fillmore, 1997”
Punch Brothers “Hell On Church Street”
Joan Shelley “The Spur”
Mavis Staples & Levon Helm “Carry Me Home”
Toots Thielemans Meets Rob Franken “Studio Sessions 1973-1983”
PB’s Sound Impression
Westlakeのスタジオ・モニターで聴くアメリカ音楽
「やっぱりちゃんとしたシステムで鳴らすレコードはいいですね」
ピーター・バラカンさんが選んだ2022年のベスト・アルバム。その多くは、図らずも過去と現代のアメリカ音楽の豊かさを伝えてくれているようです。今回のA Taste of Musicは、そうした音源の魅力を掘り下げるには打って付けのシステムをAcoustic Reviveの試聴室で体験。あらためて、“いい音”で聴くことの意義を教えてもらいました。
PB 今日は群馬県伊勢崎市にあるAcoustic Reviveの試聴室で、アナログ・レコードもCDもいい音で聴かせていただきました。スピーカーは大きなWestlake(ウエストレイク)でしたが、後ろを振り返るとまた別のスピーカー・システムがありますね。
石黒 はい。今日はWestlake AudioのBBM-15Fでお聴きいただきましたが、音楽のタイプによって、後ろにあるAvalon AcousticのDiamondも鳴らせるようにしています。試聴するアルバムのリストを拝見して、今回は断然Westlakeだろうと。
PB それにしてもこのスピーカーの立派なこと!
石黒 Westlakeはアメリカのスタジオ業界の重鎮の一人であるトム・ヒドレーさんが創立したオーディオ・メーカーです。ヒドレーさんは、多くのスタジオ設計を手掛けたことでも知られています。このスピーカーは、スタジオ・モニターでありながら、ホーンの開口部が狭いんですね。スタジオのニア・フィールドで聴いた場合も指向性が確保されるような仕様となっているのがWestlakeの特徴です。
PB ニア・フィールドと言うわりに、スピーカーそのものはデカいですね(笑)。
石黒 本来はスタジオの壁に埋め込むラージ・スピーカーですからね。この部屋に搬入するときも一苦労でした。カタログのデータにはホーンの出っ張りが含まれていなかったようで、実寸と違っていたんですよ(笑)。片側1cmの間をなんとか通して設置することができました。重さは1台160㎏。スピーカー台と合わせると200㎏を超えていて、だんだん床にめり込んでいってるのか、もはやちょっとやそっとでは動きません(笑)。
PB それはすごい(笑)。後ろのほうは?
石黒 反対側のAvalonは、やはりアメリカのスピーカー・メーカーのもので、現代のオーディオを象徴するような設計となっています。どちらかというとクラシックや女性ヴォーカル向き。うちはクラシックのレーベルもやっているので、こういったスピーカーも用意しています。ただ、ビートルズとかブリティッシュ・ロック系もこっちが良かったりします。
PB そう言えば、今日はアメリカの音楽が多かったですね。
石黒 そうですね。ここにはほかに、シアター・ルームやリビング向けのシステムもあったりするのですが、うちはケーブルなどアクセサリーのメーカーですので、どんなシステムでも効果が発揮されなければならない、証明できるようにしたいということで、各部屋オーディオだらけになっています(笑)。
PB なるほど。この部屋にも、よく見ると、色々な石黒マジックが仕掛けてありそうですね(笑)。ところで、今日聴かせてくれたプレイヤーはどんなものですか。
石黒 アナログ・レコードはイギリスのメーカー、VERTERE(ヴァルテレ)のSG-1PKGという新しいモデルで再生しました。この部屋にはアナログ・レコード・プレイヤーがもう一つ、やはりイギリスのROKSAN(ロクサン)のTMSという30年以上前のモデルがありますが、その開発に携わった一人であるトラジ・モグハダムさんが立ち上げた新しいブランドがVERTEREです。ROKSANはそもそも、CDが世に出たあとにアナログ・プレイヤーを作ってデビューしたメーカーですから、アナログに対して相当な思い入れがあったのでしょうね。現行のROKSAN製品は、ナスペックさんが扱っていらっしゃいます。モグハダムさんは以前、ここにも遊びに来てくれたのですが、そのときは大量にブルーズのレコードを持ってこられて。盛大なブルーズ大会になりました(笑)。
PB そうですか(笑)。
石黒 そして、レコード・プレイヤーの信号を増幅するフォノ・イコライザーはARAI Lab(アライ・ラボ)という、うちの近所にあるメーカーが作ってくれたものです。かつて日立Lo-D(ローディ)にいらした新井利夫さんという知る人ぞ知るエンジニアが立ち上げたこのメーカーは、細々と50年くらい続いています。
PB 細々と50年というのもすごいですね。
石黒 そうですね(笑)。このフォノ・イコは、以前バラカンさんにも体験していただいたイコライジング・カーヴを補正する回路も備えています。アナログ方式なので、切り替えられるのは3種類だけですが、RIAAとコロムビア、MGMのカーヴを備えています。コロムビアはNABとほとんど同じなのでアトランティックもいけますし、キャピトルにも近いんです。MGMはレーベルで言うとヴァーヴやインパルスをカヴァーします。ただ、ブルーノートを聴くにはAESカーヴがほしいところなので、これを備えたものをまた作っていただこうと思っています。
PB なかなか骨の折れる世界ですね(笑)。でも、以前のイヴェントで、カーヴを変えて聴かせてもらったザ・バンドの『Music From Big Pink』やクロズビー、スティルズ&ナッシュの『Crosby, Stills & Nash』は衝撃的でした。「えっ!? こんな音だったの?」って。
石黒 今一つ冴えない感じだったのが、俄然、迫ってくるような音に変わりましたよね。感動の度合いが深まるし、聴いていて気持ちがいい。多くの方たちにも体験してほしいです。
そもそも、大好きな音楽をいい音で楽しんでほしいという願いから、このA Taste of Musicはスタートしました。2018年には一般の音楽ファンを対象に「晴れたら空に豆まいて」で試聴イヴェントを開催したところ、皆さん拍手喝采だったのは私にとって感動的でした。普通の方に来ていただいたオーディオ・イヴェントで、こんなふうに盛り上がることができるのかと、本当に嬉しかったんです。
PB 難しいことは分からなくても、体験すればその違いは歴然としていますからね。
石黒 これからもオーディオ・ファンのみならず、バラカンさんのラジオを楽しみにされているような普通の音楽ファンの皆さんにも、いい音を聴く快感をもっと味わっていただきたいですね。オーディオは音楽ありきの装置であって、人が音楽に対峙するための一つ手段として大変有効なものだと思うんです。
PB A Taste of Musicでは毎回色々なシステムを聴かせてもらっています。ものすごい高級機もあれば、中には入門者向けのシステムもあって、音楽を楽しむための参考になっています。僕も自宅では、Harbeth Audioのスピーカーがある仕事部屋のほかに、リビングなどでも聴けるようにコンパクトなシステムもあるし、去年久しぶりにターンテーブルも買いました。ただ、仕事のために確認するときはコンピューターのスピーカーで聴いたりすることも多いので、こういう、ちゃんとしたシステムで聴くと感動します(笑)。僕の番組のリスナーでも、最近のアナログ・ブームもあってレコードをまた買い始め、それがきっかけでオーディオをちょっといいものに買い替えたりする人もいるようです。これからもまたいろいろ聴かせてください。
石黒 こちらこそ、よろしくお願いします!
◎この日の試聴システム
アナログ・レコード・プレイヤー:VERTERE SG-1PKG
カートリッジ:LYRA TITAN(特注品)
フォノ・イコライザー:ARAI Lab(特注品)
CDプレイヤー:Wadia 21
DAコンバーター:Wadia PRO
プリアンプ:Mark Levinson LNP-2L
パワーアンプ:PASS ALEPH 2
スピーカー:Westlake Audio BBSM-15F
*スピーカー・ケーブル、電源ケーブル、ライン・ケーブルや電源タップなどはすべてAcoustic Reviveの製品を使用
関口機械販売
〒372-0812 群馬県伊勢崎市連取町3016-1
Tel.0270-24-0878
https://acousticrevive.jp
「Acoustic Revive試聴室」でのオーディオ体験を希望される方は、メール(info@acoustic-revive.com)にて予約をお取りください。