A Taste of Music Vol.202017 04

by ACOUSTIC REVIVE
image Contents

◎Live Review
 
Lettuce

◎Featured Artist
 
Orchestra Baobab

◎Recommended Album
 
Ryley Walker
『Golden Sings That Have Been Sung』

◎Coming Soon
 
Scott Amendola Band, Dayme Arocena

◎PB’s Sound Impression
 
Special Interview:Nobumasa Yamada
[amp' box Recording Studio]

構成◎山本 昇

Introduction

 今回のA Taste of Musicは久々の出張取材です。湘南・茅ヶ崎にある「amp' box Recording Studio」にやってきました。ここは、レコーディング・エンジニアの山田ノブマサさんが、東京にあったスタジオを移転させるかたちで昨年10月にオープンしたものです。その1階にはなんと、偶然にも「a taste of Music」という名称のミュージック・カフェも併設されています。今日は、このカフェに設置されているオーディオ・システムや、スタジオのモニター・スピーカーで試聴しながら、いつものように僕がお薦めしたいアルバムやライヴについて紹介していきます。また、後半の“PB’s Sound Impression”では山田さんにもご登場いただき、音楽ファンが不思議に感じている「スタジオの謎」を解き明かしてみたいと思います。拡大版でお届けする今回も、最後までじっくりとお楽しみください!

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茅ヶ崎の海からすぐそばというロケーションに建つ「amp' box Recording Studio」。バラカンさんが指さす先には……!

Live Review 切れ味鋭いファンク・バンド「レタス」の来日公演

 まずは僕が最近観てきたライヴの話題から始めましょう。3月22日、レタスというグループのライヴを「ビルボードライブ東京」で観ました。服装は非常にカジュアルで、どちらかというとヒップホップ野郎的な雰囲気の彼らは、実はそれほど若くはありません。バンド結成が1992年ですから、すでに25年も経っているんですね。メンバーがまだ10代の頃、ボストンのバークリー音楽院のサマー・プログラムで知り合い、ジェイムズ・ブラウンやタワー・オブ・パワーといったファンク・ミュージックが好きだったことから、似た者同士でバンドをやろうということになったようです。バークリー卒業後もバンドの活動は続いて、ボストンのいろんなバーやナイト・クラブに押しかけては、“Let us play”つまり「ぜひ演奏させてください」と売り込んだそうです。この“Let us”がバンド名Lettuceの由来なのだそうで、確かに発音は同じです。だから、野菜はまったく関係ない(笑)。ギターのエリック・クラズノとキーボードのニール・エヴァンズは、ともにソウライヴのメンバーでもありますが、バンドの結成はレタスのほうが先だったんですね。ただ今回の来日公演には、バンドのプロデューサーでもあるエリック・クラズノは参加せず、もう1人のギタリストとベースにドラム、キーボードが2人、そしてホーンの2人という7人編成でした。

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ビルボードライブ東京でのステージから photo by Yuma Totsuka


 演奏は、完全に古き良きファンク時代そのもの。一聴して、これはまさにタワー・オブ・パワーを21世紀に置き換えたようなグループだと思いました。非常に切れ味の鋭いファンクをやる人たちです。ただ、タワー・オブ・パワーは10人中5人がホーン・セクションですが、レタスの来日メンバーはサックスとトランペットの2人です。ニール・エヴァンズともう1人のキーボード奏者はニュー・オーリンズを拠点としているナイジェル・ホールで、ヴォーカリストも兼ねているんですが、非常にいい味を持っている人です。ソロ・アルバムも出していて、いろんなグループと関わりがあるけど、最近はこのレタスでの活動が中心になっているようです。そして、アダム・ダイチのドラムも素晴らしかったんですが、バンドの中心人物でもある彼は、以前ご紹介したジョン・スコフィールドの『Überjam Deux』にも参加しています。ファンキーなんだけど、大雑把ではない。ファンクのドラムは本来、細かいリズムの刻みもこのように正確であるものなんですね。このグループはまた、編曲も実に巧みでした。

 彼らのことを、ライヴを観るまではなんとなく知っている程度で、アルバムをちゃんと通して聴いたことがなかったんですが、あまりにもライヴが良かったので、慌てて聴き直しました。『Fly』(2012年)、『Crush』(2015年)、そして最新作の『Mt. Crushmore』(2016年)を聴いたのですが、僕には圧倒的に『Fly』が良かった。ほとんどインストゥルメンタルで、ウォーの「Slippin' into Darkness」もインストでカヴァーしています。いま聴いていた「Ziggowatt」は、ミーターズのドラマーだったジョー“ジガブー”モデリストのことを言っているらしいです。やっぱり彼らは、その辺りの古典的なファンクが好きなんですね。

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『フライ』P-Vine PCD-93554


photo by Yuma Totsuka

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Recommended Album コットンクラブで来日公演も! 注目シンガー・ソングライターの最新作 Ryley Walker『Golden Sings That Have Been Sung』

 シカゴから、いわゆるポスト・ロックとはひと味違う、ちょっと面白そうなシンガー・ソングライターがやってきます。この4月に日本盤が発売されるライリー・ウォーカーの『Golden Sings That Have Been Sung』はミニ・アルバムを含めて4枚目の作品。フィンガー・ピッキングのギターが上手な人です。現在27歳ということですが、影響を受けたミュージシャンは、なんと僕が中学生の頃に聴いていたバート・ヤンシュやデイヴィー・グレアムといったイギリスのギタリストだったり、やはり60~70年代のアメリカのジョン・フェイヒーといった人たちだそうです。彼らに共通するのは、いろんなジャンルの音楽を自分たちのスタイルに採り入れたミュージシャンだということです。特にジョン・フェイヒーはエクセントリックな音楽性を持った人ですね。

 ライリー・ウォーカーの出身はシカゴです。シカゴと言えば、トータスなどわりと実験的な音楽を作る人たちを輩出していることで知られていますが、彼もそうしたシーンの影響を否定しません。でも、このアルバムを聴くと、実験的というよりも、シンガー・ソングライターと呼ばれるタイプのミュージシャンの中ではちょっと深みが感じられるというか……。決して難しい音楽という印象ではなく、聴きやすいけど、ところどころにちょっとした「ん? ここはどうなっているのかな」という引っかかりがある感じ。昔なら、フォーク・シンガーと言われながら複雑な音楽性も持ち合わせていたティム・バックリーや一時期のデイヴィッド・クロズビーあたりに通じるものがあるような気もします。恐らく、ライリー・ウォーカーもジャズが好きそうだし、いろんなタイプの音楽を聴いていると思いますが、いまの時代はそれが当たり前なのかもしれません。

 アルバムを聴く限り、曲も音作りも面白い。コットンクラブで5月7日(日)と8日(月)に行われる日本公演で、それがどう展開されるのかは分かりませんが、いまが旬のミュージシャンとしてライヴも観てみたいと思っています。

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『ゴールデン・シングス・ザット・ハヴ・ビーン・サング』Hostess HSE-6210〜1

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「amp' box Recording Studio」の1階にはライヴも可能なミュージック・カフェ、その名も「a taste of Music」が! 今回はここでも試聴を行った

Coming Soon 新作をリリースしたジェフ・パーカーも参加! SCOTT AMENDOLA BAND featuring NELS CLINE, JEFF PARKER, JENNY SCHEINMAN & CHRIS LIGHTCAP 2017. 5.11.thu - 5.13.sat COTTON CLUB

 かつてシカゴ音響派と呼ばれたトータスに、アルバム『TNT』(1998年)から参加しているギタリストがジェフ・パーカーです。コットンクラブで来日公演を行うスコット・アメンドーラのバンドに参加する彼は昨年、最新作『The New Breed』を発表しましたが、この4月にはその日本盤も発売となります。今日はそのハイレゾ音源を山田さんのスタジオ・モニターで聴いてみたいと思います。「Executive Life」、「Visions」、「Jrifted」の3曲の印象は、家のパソコンで聴いたのとは大違い。この機材で聴くと、想像を遙かに超えた複雑な音楽であることがよく分かります(笑)。キーボートの使い方もかなり変わっていますね。いや、本当にビックリしました。

 このアルバムの第一印象は、フランク・ザッパの世界をスロー・テンポにしたような感じだったんです。ザッパの場合は目まぐるしくフレーズが変わっていくのについていけないこともあるけれど、ジェフ・パーカーは同じく複雑なことをやってそうなのに、ついていきやすい印象もあったんです。ご存じのとおり、僕はグルーヴ中心の有機的な音楽を聴くことが多いのですが、たまにはこうした人工的な音楽を面白いと感じることもあるんですね。トータスもすべてのアルバムを聴いているわけではないけれど、この『The New Breed』というソロ・アルバムを聴いてみたら、僕の中の何かが反応したんですよ。妙に面白い曲を作るギタリストだなとね。

 そして、スコット・アメンドーラと言えば、2年前に多弦ギターを駆使するユニークなギタリスト、チャーリー・ハンターと2人だけで来日して行ったライヴがありました。今回の来日公演では、スコット・アメンドーラとジェフ・パーカーのほかに、やはりシカゴを拠点とするウィルコのギタリスト、ネルス・クライン、また、ビル・フリゼルとも共演しているチェロ/ヴァイオリン奏者のジェニィ・シャインマンなども登場します。この公演は、観てみないと分からないけど、面子としてはかなり面白そうなライヴです。

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ジェフ・パーカー『ザ・ニュー・ブリード』Heads HEADZ-218

Coming Soon キューバのエネルギッシュな女性シンガーが新作を引っ提げ来日 DAYME AROCENA 2017 5.1 mon. - 5.2 tue. BlueNote TOKYO

 5月1日と2日にはブルーノート東京で、キューバの女性シンガー、ダイメ・アロセナがライヴを行います。彼女については、Vol.10でファースト・アルバムの『Nueva Era』を取り上げましたが、今年3月にはセカンド・アルバム『Cubafonia』が発売されました。1曲(「El Ruso」)を除いてロンドンで録音された前作は、かなりクラブ・ミュージック寄りの作りとなっていました。今回は基本的にキューバでのレコーディングとなっていて、プロデューサーはデクスター・ストーリーです。元々ジャイルズ・ピーターソンが発掘した彼女は、まだ20代半ばという若さ。今回も、ジャズの要素を織り交ぜながら、クラブ・ミュージック的な新しいリズムも採り入れているのですが、キューバの伝統の上に立っているという感じは前作よりも強く出ているように感じました。彼女はスキャットもすごく上手で、普通のジャズ・シンガーにはない、アフロ・キューバンなビート感が如実に現れています。このアルバムを聴いて、つくづくほかにはない存在だと思いましたね。

 一昨年は僕が恵比寿ガーデン・ホールで開催している“Live Magic!”にも出演してくれましたが、とにかく会場は盛り上がりました。人を引き付ける力をものすごく持っている人なんです。今回はブルーノート東京での来日公演ですから、もっと間近で観ることができますよね。笑顔が可愛らしくて笑い声も豪快(笑)。エネルギーの塊みたいな明るい人ですから、ぜひそのステージを楽しんでください。

 それにしても今日は、奇しくもアフロ・キューバンとシカゴの変わり種ミュージシャンという二つの流れとなりましたね。

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『キューバフォニア』Beat BRC-541

PB’s Sound Impression レコーディング・エンジニアに聞く!制作現場にまつわる素朴な疑問 「音楽ファンが知りたいスタジオの謎」

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■“音の芯を捉える”ために必要なこととは?

PB というわけで、ここからは山田ノブマサさんに、普通の音楽ファンが抱いている「スタジオの謎」について教えていただきたいと思います。このスタジオにもヴィンテージなアナログ機材がたくさんありますね。Pro Toolsを中心としたデジタル録音が主流の今日、こうしたアナログのアンプやエフェクト類を使う一番の理由は何ですか。

山田 Pro ToolsをはじめDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)で使用するプラグイン・ソフトは日々進化していますが、優れたアナログ機材の域にはまだ達していないというのが主な理由です。このスタジオでは僕が録ったものだけでなく、ミュージシャンなど他の人が録音した音楽のミックスだけを行うことも多いのですが、その中には僕からすると音楽の本質を捉えていない録音になってしまっていると感じるものもあるんです。そのような、かなり大幅に音を変えなければならない場合は、プラグインでは無理なので、こうしたヴィンテージのコンプレッサーやイコライザーがどうしても必要なんです。

PB 「音楽の本質を捉えていない録音」とは、どういうことでしょうか。

山田 近年ではデジタル機材の普及や安価な機材が多く出てきたことによって、誰もが手軽に録音できるようになりました。しかし、音をちゃんと録音するという行為は、実はそう簡単な作業ではありません。よく「ありのままの音を録る」と言いますね。でも、ありのままに録ったら、ありのままの音にはならないんですよ。「ありのままの音に聞こえるように録る」のが技術なのです。ここはよく間違えられるところで、例えばいいマイクを使うだけでありのままの音が録れると思っている人がいますが、それは正しくないのです。

PB では、オーディオで聴く音楽に、臨場感や奥行きを感じるのはなぜでしょう。

山田 人間の脳は最初に耳に届く直接音と主に初期反射の時間差によってどれくらいの距離なのかを認識できるらしいんですね。つまり、音の距離感や奥行き感は、人間の脳がどう感応するかに関わっています。僕らの仕事は、わざと時間差をつけて距離があるように感じさせるなど、そういう脳の働きを利用しているとも言えますね。それは、風景画で遠くの山は青く、近くの山は緑で描くといった絵画の技法と似ているのかもしれません。

PB それを実際の録音やミックスで、どういうやり方で表現しているのですか。

山田 録音の段階でよく行われるのが、マイクを楽器のすぐ近くに置く「オン・マイク」と、楽器から離れたところに立てる「オフ・マイク」を用意し、これらをミックスするという手法です。オフ・マイクが立てられない場合は、リヴァーブやディレイを使って人工的に補うこともできますが、いずれにしても、ちゃんとしたエンジニアが手掛けたものはちゃんとした音で録れているものです。それは必ずしもハイファイな音という意味ではなく、“音の芯を捉える”ことで音楽に必要なエレメントが揃うという感じでしょうか。そういう音を録るためにはヴィンテージ・マイクは欠かせませんし、また、芯を捉え切れていない音をミックスで補正する場合にもやはりヴィンテージな機材が必要なんです。

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素朴な疑問に丁寧に答えてくれた山田ノブマサさんは、名門ビクター・スタジオ出身のベテラン・エンジニア

■なぜ“アナログ”は音がいいと感じるのか?

PB 昔の録音で名盤と呼ばれるものがありますよね。しかも、かなり零細なインディ・レーベルで作られたものも多く存在します。例えばジャズの世界では、ルディ・ヴァンゲルダーが自宅スタジオで録ったものもたくさんありますが、彼はそこでどの程度の機材を使っていたのでしょうか。

山田 かなりいい機材を使っていたと思いますが、聞くところによると彼はどのように録音しているかを絶対に明かさなかったらしいですから(笑)、門外不出の隠し味を持っていたのでしょう。昔のエンジニアは皆さん、それぞれに秘密の技を持っていたようですね。その秘密に大きく関わっているのが、いまはヴィンテージと呼ばれるようになった機材なんです。こうした機材は使ってみると分かるのですが、何と言いますか、音に引っかかりが出るというか、ザラッとした何かがある。デジタルでイコライジングしたり、コンプレッサーをかけたりしても、そのような“引っかかる音”にならないんですよ。おそらく、ヴィンテージなアナログ機材は、独特の倍音成分が付加されたりしているのかもしれません。ある意味では正しい音じゃないのかもしれないけれど、なぜか心地いいという……。

PB どうしてそれが心地いいと感じるのか。そこは僕もずっと引っかかっているところなんですよ。このA Taste of Musicではアナログ・レコードとCDとハイレゾの聴き比べをすることがありますが、僕の耳には大概アナログ・レコードの音が心地いいと感じるんです。それは、僕が若いときからずっと聴き馴染んできた記憶が潜在的にあるからなのか、それとも客観的な理由が別にあってそう感じるのか。いまだによく分からないんですよ(笑)。

山田 たぶん、客観的な意味でもいい音がしていると思うんですよ。バラカンさんだけじゃなく、いまの若い世代が聴いてもアナログ・レコードがいいと言う声は多いですよ。

PB この謎について、山田さんはどう思いますか。

山田 僕がかつて所属していたビクター・スタジオには、SSLのミキシング・コンソールと、NEVEのコンソールから部品を引っ張り出したアウトボードがありましたが、当時からよく、「NEVEのほうがロックっぽい音になる」と言われていたんです。そこで、スタジオの技術者が両方に同じ正弦波を入力して、それぞれの出力を測ってみたんですね。そうしたら、SSLは多少の歪はあるもののほぼ正弦波のまま出てきました。ところがNEVEの名機と言われる1073は、3次、5次、7次といった奇数次倍音と呼ばれる高調波が付加されて出てくることが分かりました。どうやらそれが人間の耳に心地よく聞こえたり、ロックっぽく聞こえたりする要因らしいと。これは、厳密な意味でのエンジニアリングからすれば、ある種の歪ですから、いいことではないんですよ。NEVEとは対照的に、FOCUSRITEというブランドのコンソールは歪が非常に少なかったので、クラシックのレコーディングなどで重宝されていたことがありました。でも、ロックは“歪の音楽”という側面もありますよね。楽器もヴォーカルも、ちょっとした歪によって力強さが加味されたりしますから。

PB ちょうどいま、僕はサム・フィリップスの伝記を読んでいるんです。彼がサン・レコードを設立したのは1952年で、初めは欲しい機材も買えなくて、コンソールといっても4チャンネルの素朴なものだったらしいのですが、それを使って彼らは見事にギターを歪ませて、パワーを捉えたレコードを作っているんですね。いまのお話を聞いて「なるほど」と納得しました。

山田 やはりそこが音楽にとって大事なのかなと思います。もちろん、ジャンルにもよるんですけど、ロックや一部のジャズにはある種の歪が不可欠なのでしょう。

PB 僕はハモンド・オルガンが大好きで、先ほどのルディ・ヴァンゲルダーで言うと、オルガン奏者のベイビー・フェイス・ウィレットが1961年にブルーノートから出したレコードが2枚あります。面子にはグラント・グリーンが参加しているんですが、そのギターがものすごく歪んでいるんですね。あのヴァンゲルダーが、たまたま歪んだのをそのままにしておいたのか、あるいはわざと歪ませたのかは分かりませんが、本当に心地いい音なんですよ。

山田 料理でも、ただ甘いとか、ただ塩辛いというだけではもの足りなくて、そこに苦みや旨み成分が加味されると美味しいと感じるところがありますが、それと似ていますね。デジタルって、どうしてもそこの部分が出しづらいメディアなのかもしれません。デジタルにもいいところはあるんですけどね。

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スタジオのモニター・スピーカーで試聴するバラカンさん。「このクリアな音はすごいですね」

■レコーディングで一番大事な条件は何か?

PB ここからは、僕のラジオ番組「Barakan Beat」(Inter FM)でリスナーの皆さんに募った質問の中からもお聞きしたいと思います。まず一つ目は、例えばアーティストやプロデューサーが「いまの演奏はやり直そう」と言ったとき、エンジニアとして「いや、このままのほうがいいのでは」というような意見を言うことはできるものなんですか。

山田 プロジェクトによりますね。気心の知れた人たちとの仕事だったらもちろん言いますが、単純にエンジニアとして呼ばれているような立場なら言わないですね。このあたりは美容師にちょっと近いかもしれません。ある女性がやって来て、「この写真のようなスタイルにしたいから5mmだけ切って」と言われたとき、僕はショート・ヘアのほうが似合うと思うからと勝手に切るわけにはいかないじゃないですか。エンジニアの立場も同じで、意見を言える場合もあるけれど、納得してもらえないときはこちらが引くしかないわけです。

PB 次の質問は、「アルバムの音を決定づける割合は、レコーディングとミックスとマスタリングという各工程でどれくらいになりますか」というものです。もちろん、ケースにもよるのでしょうけれど。

山田 まず、マスタリングという概念が登場したのはここ20年くらいなんですよ。CDが出始めた頃は、単にレベルを揃えるくらいで、イコライジングをしたり、コンプレッサーをかけたりすることはありませんでした。近年、その重要性が注目されて、ある意味で音が劇的に変わる場合もあるのですが、音楽的に大事な部分を決定づけるものではないと思います。第一の要素としてはレコーディングの部分が大きいですし、場合によってはミックスでガラッと変えてしまう場合もありますよね。でも、一番の割合を占めるのはやはりレコーディングではないかと僕は思います。

PB そのレコーディングで使用するマイクには、どんな種類があるんですか。

山田 いま使われているマイクのほとんどは、コンデンサー・マイク、ダイナミック・マイク、そしてリボン・マイクの三つに分けられます。我々エンジニアは、こうしたマイクと楽器とスタジオの組み合わせによって、だいたいどんな音になるかというイメージが引き出しの中に入っているものなんですよ。

PB なるほど。音作りの面ではやはりマイクの存在は大きいようですね。

山田 ただ、僕はこう考えます。もし、レコーディングの際に、マイクとプリアンプと部屋のどれか一つを自由に選べるとしたら、僕は迷わず部屋を選びます。極論を言えば、マイクなんかどうでもいいんですよ。

PB えっ、そうなんですか。

山田 はい。まず、デッドなスタジオでライヴな音は録れませんし、ライヴなスタジオでデッドな音は録れません。デッドなスタジオはまだ、リヴァーブを使って人工的に残響音を付加することができますが、ライヴなスタジオで録った音をデッドにすることは、最近はデジタル処理によって少しはできるのですが、ほとんど不可能に近い。だから、一番重要な条件は、響きのいい空間を確保することになります。いい響きのスタジオなら、どんなマイクでもそれなりにいい音で録れるものなんですよ。そしてスタジオにも、例えばアビイ・ロードならアビイ・ロードの音、ビクター・スタジオならビクター・スタジオの音と言われるように、その響きには特徴がありますからね。

PB つまり、それぞれのプロジェクトに合った部屋を選ぶのが大事だということですね。

山田 そうです。ただ、いまはバジェット(予算)の都合などで、いいスタジオを使えないことも多いのが残念ではあります。昔はギターの音色一つを決めるのに1日かけたりしていましたが、いまはそんなことはできませんからね(笑)。

PB 「Barakan Beat」には「名盤片面」という月に1度のコーナーがあって、つい先日、ペンギン・カフェの2作目『Penguin Cafe Orchestra』(1981年)のLPをかける機会があったので、いろいろ資料を読み直していたら、彼らはこのアルバムだけでもレコーディングに3~4年くらいかけているんですね。自宅のスタジオということですが、じっくりと時間をかけてやりたいことをやっていったそうです。

山田 楽器の音色を決めるにも、そこまで突き詰めて行えれば、よりいいものができてくるでしょうね。実験的なものなど、ライフワークのように何年もかけて作り上げていくのは面白いと思います。

PB 「これはまたリスナーからの質問ですが、いわゆる「音場」とはどういうものと捉えたらいいでしょう。これはミキシングで表現されるものなんでしょうか。

山田 ミキシングにも関係しますが、先ほどもお話したように、録音時のオン・マイクとオフ・マイクの距離感や混ぜ具合が一番の決め手となります。ビクター・スタジオに入った頃、依田平三さんという有名なエンジニアがいらっしゃって、僕はその方のアシスタントに付くことができました。依田さんと音楽ホールでのレコーディングに出向いて、例えばピアノを録るとなると、依田さんはまず、マイクをピアノの蓋の中の一番近いところに入れて音を聴きます。今度は、そのマイクをホールの一番端まで持って行って音を確認します。やることは極端なんですが、それによって音場がどうなっているのかを分析して、そのピアノに一番合うマイクの位置を見つけ出すんです。

 また、全体的な音場のイメージという意味では、例えばライヴを客席から聴いているようにしたいとか、逆にステージに立っているミュージシャンの目線にしたいとか、そこはアルバム毎にコンセプトを決めて作っていくことになりますね。

PB なるほど。それがエンジニアの大事な仕事の一つなのですね。

山田 はい。そして、大事なことのもう一つが残響のコントロールです。アビイ・ロードなんかも実はだだっ広いスタジオなんですが、その中には大きな衝立がいっぱいあって、ドラムを囲んだり、ヴォーカル用のブースを作ったりすることができるのですが、それは楽器を分離するのと同時に残響時間をコントロールしているんですよ。

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■ミックス時は音を体感できるスピーカーを使用

PB リスナーからの質問ではこんなのもありました。「レコーディングとスタジオの温度に関係はありますか」。この方は、温度によって音の伝わり方が異なるという話を聞いたことがあるそうです。

山田 厳密に言えば、確かに気温の高低で伝わり方は変わるはずですが、録音の現場でそれを気にすることはありません。むしろ、アーティストが気持ちよく演奏したり歌ったりできる温度に整えることを心がけています。

PB 湿度についてはどうですか。

山田 湿度の違いは意外に大きいと思います。やはり日本とカリフォルニアでは、楽器の鳴りが違うわけですからね。でも、それはそれでいいと思うんですよ。雨の多いロンドンで録ったブリティッシュ・サウンドがあれば、カラッとしたカリフォルニア・サウンドがあり、東京には東京の音があるということで。そういう音が欲しいと思えば、そこに行けばいいわけですから。

PB ECMのサウンドが独特なのも、北ヨーロッパだからこそなんでしょうしね。

山田 そうなんですよ。それが個性ということでいいと思うんです。ただ、機材に関して言えば湿気は大敵で、特にマイクなどはデシケーターという湿度管理されている箱の中で保管しています。

PB そういうメンテナンスも大事なんですね。

山田 話は逸れますが、昔はスタジオも煙草が吸い放題だった時代がありました。ヴォーカル・ブースでマイクを前にずっと吸われると、だんだんハイもローも削れてくるんですよ。トム・ウェイツなんかはそれがかえってよかったのかもしれないですね。メンテナンスで洗浄すると、聞こえなかったハイが聞こえてきたりするわけですが、それがいいとも限らないという(笑)。

PB ハハハハ。それは面白いですね。確かに、YMOの時代もみんなスタジオで吸っていたものね。では、最後の質問ですが、わりと多かったのが、「最終的な音作りやバランスは何を聴いて決めていますか」というものです。最近はスマート・フォーンにイヤフォーンをつないで聴く人が多いですが、一方でハイレゾなど音源自体は多様化しています。どこに基準を置くかは難しいところだと思いますが、山田さんの場合はいかがですか。

山田 僕の場合はまず、このスタジオのADAM S3X-Hというスピーカーで音を作っていって、YAMAHA NS-10M STUDIOで確認をして、最後にラジカセでもチェックするという感じです。音作りは、このスタジオの中では一番大きいアダムを使って爆音で作っていきます。そうしないと、僕自身がハイになっていけないし、そもそもラジカセでミックスはできないです。バランスのいい音は作れるかもしれませんが、グッとくる音は作れない。先ほどバラカンさんもお聴きいただきましたが、一般家庭のオーディオとはかなり印象が違うと思うんです。

PB まるっきり変わっていましたね。

山田 ベースやバス・ドラムなどは、お腹にドーンとくる音じゃないと感じが出ないんですよ。ヘッドフォンやラジカセだけでは、音を体感することができませんからね。

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メイン・スピーカーはADAM S3X-H(下)。繰り出す低音の迫力もさることながら、この解像度の高さは特筆もの

■ライヴ録音を作品化するamp' boxレーベルの試み

PB ところで、山田さんは音楽レーベルも主宰していますね。どんな特徴がありますか。

山田 僕がamp' boxレーベルでハイレゾ配信しているタイトルには、スタジオ録音による作品のほか、ライヴ録音を元にした作品がいくつかあります。これは、ライヴ演奏を単に記録としてそのまま出すのではなく、ミックスによって“レコード芸術”として作り上げてみようという試みです。先ほども少し触れましたように、スタジオでの録音がなかなか難しくなっている昨今、それでもライブハウスでは日夜素晴らしい演奏が繰り広げられています。そこで、会場にスタジオ機材を持ち込んでDAWにマルチ録音し、ここに持ち帰ってじっくりとミックスすることで作品化するわけです。

PB それはぜひ聴いてみたいですね。

山田 では、ジャズ・ピアニストの丈青(じょうせい)率いるJOSEI ACOUSTIC PIANO TRIOが横浜のライヴ・レストラン「KAMOME」で行った生演奏をライヴ・レコーディングした『BLUE IN GREEN』(2013年)から「Intro ~ BLUE IN GREEN」をお聴きください。

PB ライヴ・レコーディングにしては、すごくリアルな音ですね。

山田 これこそが、ライヴ録音をレコード芸術として聴けるように仕上げるということなんです。例えばこの曲では、始めはピアノに集中してほしいから、出だしのピアノはオン・マイクの音だけにして、徐々にオフ・マイクを足すなどして音像を変えていたりします。曲によっては、会場であるお店の雰囲気も入れてみたりと、ミックスで面白いことをいろいろと試しているんですよ。

PB いま気付いたのですが、スタジオというと普通は窓がなくてデッドな音の環境ですよね。でも、ここ2階のスタジオも1階のお店も大きな窓があってすごく明るい。山田さんにとって、外の明るさは大事ですか。

山田 さすがですね(笑)。僕はずっとビクター・スタジオで育って、次に千駄ヶ谷に自分のスタジオを作りましたが、いずれも窓のないデッドな造りで、いわば20世紀のスタジオです。それはそれで良かったんですが、なんか閉塞感があるというか……。これからは、窓から空を見ながら作るほうがハッピーな音ができるような気がしたんですよ。決して閉鎖された空間のスタジオを否定しませんが、21世紀は窓があるほうが僕はいいなと思ったんです。ガラス面は音のコントロールがしづらい面もあるんですけど、そんなことよりも、昼は日差しが差し込んで、夜になると街の光が見えるということのほうが人間的だし楽しめるかなと。

PB では最後にもう1曲、山田さんが最近気に入っている曲がありましたら、お聴かせいただけますか。

山田 はい。イヴァン・リンスのアルバム『Love songs』に入っている「Love Dance」が最近、気に入っています。聴くだけで幸せになれるようなこのハーモニーが素晴らしいと思います。パッド(持続音を伴うコード弾きのパート)の音もシンセサイザーなのに、すごく温かく聞こえるんですよ。生のストリングスではないから無機質な音のはずなのに、どうしてこう聞こえるんだろうと。フワ〜っと包まれるような、静かな霧雨を浴びているような心地よさがたまらなく好きなんです。

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Ivan Lins『A Quem Me Faz Feliz - Love Songs』

PB 確かに、「音を浴びている」という表現がしっくりきますね。曲はシンプルなようでいて、複雑なメロディを持っていますが、馴染みやすい感じもあります。

山田 ブラジル人のイヴァン・リンスのコード感には、なんとも言えない哀愁が漂います。ジャズとも違う、まぁ、ボサノヴァの進化形の一つなのでしょうけれど、コードにテンションが入っているのに複雑には聞こえない。

PB ああ、ブラジルの音楽ではよく見られることですよね。

山田 はい。その感じが僕は大好きなんです。

PB なるほど! 今日は楽しいお話をありがとうございました。また、すべてを紹介することはできませんでしたが、質問を寄せてくれた番組のリスナーの皆さんも、ありがとうございました。

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山田ノブマサ◎ビクター・スタジオを経てフリーランスのレコーディング・エンジニア/プロデューサーに転じ、東京・千駄ヶ谷にスタジオ“amp'box Recording studio”を設け、LOVE PSYCHEDELICO、近藤等則、moumoon、福山雅治、一三十三一など数多くの作品を手掛ける。2016年に拠点を湘南の地に移し、現在に至る。自らも、ドラムを演奏するミュージシャンでもある。また、自らが主宰するハイレゾ配信レーベル「amp’box Label」(e-onkyo music)は「ライヴ演奏を高品質な“レコード芸術”作品にしてお届けする」をコンセプトとして作品を出し、好評を博している。

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アウトボードには、プリアンプやイコライザー、コンプ/リミッターなど、いまや貴重なアナログ機材が並ぶ。緑のフロント・パネルが特徴のALTEC 436C(右の上から2番目)はモータウン・サウンドにも使われた名機とあって、バラカンさんも興味津々

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スタジオやカフェには、ACOUSTIC REVIVEのライン・ケーブルや電源ケーブル、電源Box、アンダーボードなどが多数導入され、質の高い音響をサポートしている

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“シューマン共鳴波”による音質改善装置「RR-777」(左上)をはじめ、ACOUSTIC REVIVEのチューニング用製品も数多く採り入れられている

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居心地の良さそうな「amp' box Recording Studio」。奥の大きな窓がスタジオの雰囲気を印象づけている

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カフェとスタジオとは回線でつながり、高音質なライヴ・レコーディングも可能だ。「カフェではすでにライヴやイヴェントも開催していますので、気軽に遊びに来てください」と山田さん。ただし、エンジニアとしての仕事が忙しいときはお休みなのだとか

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カフェに設置されたスピーカーはJBL 4333A

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カウンターの奥にはMCINTOSHのプリメイン・アンプやSTUDERのCDプレーヤーなどが

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取材を終えて。「山田さんは、レコーディング・エンジニアという職業の微妙な立場をよく把握した上で、とても柔軟に、しかも自分の哲学を持って仕事をしている人と思いました。また、録音のことや音のことなどについて、大変明快に説明できるスキルも貴重です。次に来るときはぜひ、あの古いアナログ機材の音も聴かせていただきたいですね。特に緑色のやつとか(笑)」(PB)

◎試聴システム

■amp' box Recording Studio

パワード・スピーカー:ADAM S3X-H
DAコンバーター:dB TECHNOLOGY(現LAVRY) db4496
DAW:AVID Pro Tools|HD

■a taste of Music(カフェ)

プリメイン・アンプ:MCINTOSH MA6900
スピーカー:JBL 4333A STUDIO MONITOR
CDプレーヤー:STUDER A725
アナログ・レコード・プレーヤー:YAMAHA YP700

Music Cafe
a taste of Music

神奈川県茅ヶ崎市松が丘2-8-42
Tel.0467-95-6224
ホームページはこちら

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