◎Featured Artists
BEN SIDRAN and GEORGIE FAME
◎Recommended Albums
BEN SIDRAN『Don't Cry for No Hipster』
GEORGIE FAME『Every Knock is a Boost:the Go Jazz Years』
◎Coming Soon
ANDY FAIRWEATHER LOW & THE LOW RIDERS
構成◎山本 昇
まずは最近観たライヴのお話をしましょう。8月上旬、東京・丸の内のコットンクラブでベン・シドランとジョージィ・フェイムがステージをともにしましたが、いずれも僕が大好きなアーティストです。2人の接点の1つが、ベン・シドランが設立したGo Jazzレーベルで、ジョージィはそこで、ベンがプロデュースした2枚のアルバムを出しています。このレーベルのプロモーションを兼ねて来日したThe Go Jazz All Starsのコンサート(1991年)では僕が司会を務めたこともあり、ベンともジョージィとも、もう20年来の付き合いです。
さぁ、そこで今回のライヴのお話です。どんなライヴになるかは大体わかっていたつもりだったのですが、実際は想像以上に面白い展開になりました。ブルーズやジャズを全部ひっくるめたような活動をしている彼らは、リハーサルをしなくても相手の歌や演奏を聴いて、すぐに合わせることができるんですが、その様子がなんとも楽しかったのです。
そもそも、こういう音楽はリハーサルを重ねてビシッと完ぺきに仕上げるより、ラフな感じで、アドリブを利かせるような面白さがあるほうがいいんです。ちょっとくらい間違えたってかまわない。ハプニングがあったほうが逆に面白い(笑)。そんなことも含めた臨場感を楽しめるのがライヴのいいところだと思います。
バックのメンバーも本当に上手い人たちでしたが、ボビー・マラックのサックスを僕はいつも楽しみにしています。ブルーズやビバップもできるし、ソウルっぽい吹き方もできる。しかも、独特のフレージングを持っているんです。ベンやジョージィとのセッションでも、彼らの歌や演奏にピッタリなフレーズを返していました。いろんなミュージシャンをサポートしている彼は来日の機会も多いので、ぜひ注目してほしいですね。タバコ好きで、暇になるとすぐに外へ吸いに行ってしまうんですが(笑)。
アイロニカルな歌詞も魅力
今回の来日公演で多く演奏されたのがこのアルバムです。アルバムの冒頭には「Back Nine」という曲が収録されています。ゴルフでは後半9ホールのことをそう呼びますが、自分の人生をこれにたとえ、すでに晩年に差し掛かっているという話です。7曲目の「It Don't Get No Better」はすごく皮肉の利いた曲です。人間はここまで文明を発展させてきたわけだけど、一方で、いろんな問題があることに含みを持たせて、「人間なんて、たかだかこんなものだよ」と苦笑いしているような歌ですね。とてもいい曲です。
アルバムの中に一見意外なカヴァー曲があります。「Sixteen Tons」です。元々は1930年代に書かれたこの曲は、炭鉱夫の非常につらい日常生活を綴った歌です。ヒットしてから50年以上経った今聴いても、労働者を取り巻く状況は何にも変わってないことに気付かされます。リフの部分では、「生きるのもつらいけど死ぬこともできない。天国の門まで行ってもオレの魂はカンパニー・ストアが預かっている」という意味の歌詞が出てきます。“カンパニー・ストア”というのは、炭鉱夫向けに食料品や日用品を売っていた店のことですが、元々給料が安いうえ、その代金は給料から天引きされるからほとんどお金は残らない。奴隷労働の中にあって、“カンパニー・ストア”は搾取の象徴なわけです。そこに魂を握られている、「だから天国には入れない」というのがオチで、これまた皮肉たっぷりです。ライヴではこれをベンとジョージィが掛け合いで歌いましたが、素晴らしかったですね。
ベンが語ったヴォーカルの録音法
僕がDJをやっているFM番組(Inter FM “Barakan Morning” Mon-Thu 7:00 to 10:00)への出演を依頼したら、ベン・シドランが、息子でドラマーのリオと一緒に来てくれました。ジョージィ・フェイムは早起きが苦手だから無理だって(笑)。そのときにベンがレコーディングやミックスに関する面白い話をしてくれました。このアルバムの1つ前くらいから、「ヴォーカルのための空間作りに、ようやく成功することができた」と言うのです。マイクの使い方を工夫したり、音数を少し減らしたりして、歌が引き立つように周りの楽器の音をちょっとよけてミックスしたらしいんです。今、その話を思い出しながら聴いてみたんですが、確かにヴォーカルがスッキリしていて、とても気持ちよく響いています。
大ヒット曲「イエー・イエー」を聴き比べ
ジョージィ・フェイムもベン・シドランと同じく今年で70歳ですが、デビューしたのはとても早かったんですね。1960年に、エディ・コクランとジーン・ヴィンセントのイギリス・ツアーにピアニストとして参加していますが、彼がまだ16〜17歳くらいのことですから驚きます。
そして、彼の代表曲は1965年に全英1位の大ヒットとなった「イエー・イエー」。元々はモンゴ・サンタマリアが録音したラテン調のインストゥルメンタル曲に、ジャズ・ヴォーカルの大御所ジョン・ヘンドリックスが歌詞を付けたものです。ある意味渋いんだけど、メロディがよくて、ラジオで聴いてもすごく印象に残る曲なんですよ。当時のイギリス人で僕くらいの世代なら、ジョージィ・フェイムの名前を知らなくても、この曲を覚えている人は多いはずです。
ジョージィは新しいアルバム『Lost in a Lover's Dream』(2012年)も出していますが、今日持ってきたのは前回の来日記念盤『Every Knock is a Boost: the Go Jazz Years』(2008年)です。このアルバムにも新録音の「イエー・イエー」が収録されています。オリジナルの「イエー・イエー」には間奏にサックス・ソロがありますが、60年代半ばに大ヒットしたシングルで、こういう構成の曲は珍しいです。アメリカ盤では、編集されてサックス・ソロがカットされていました。そして、オリジナルから20数年後に録音された「イエー・イエー」は、レゲエの編曲に変わっています。
ジョージィの得意技 ヴォーカリーズ
ジョージィと言えば、ヴォーカリーズという歌唱法に長けたミュージシャンとしても知られています。ヴォーカリーズというのは、ジャズのレコードに吹き込まれた楽器のアドリブ部分に、勝手に歌詞を付けて歌うことです。これは特殊な才能ですが、ジョージィはそれがすごく上手いんですよ。先日行われたライヴでも、セローニアス・マンクの「アスク・ミー・ナウ」でヴォーカリーズを披露していましたが、これはベンが歌詞をつけたもので、彼のアルバム『The Cat And The Hat』(1979年)に収録されています。そして、ジョージィも自らのアルバム『フェイム・アット・ラスト』に収録されている「ムーディズ・ムード・フォー・ラヴ」でヴォーカリーズを録音しています。
ジョージィ・フェイムの新作『Lost in a Lover's Dream』の1曲目に「Wide-Eyed and Legless」という曲があるのですが、これはイギリス出身のギタリスト/シンガーであるアンディ・フェアウェザー・ロウが1975年にヒットさせた曲のカヴァーです。そのアンディが丸の内・コットンクラブで9月25日(水)から28日(土)まで来日公演を行います。60年代にあったヒット曲は知っていたのですが、90年代にエリック・クラプトンのバックで来日したときの演奏を聴いて、なかなか味のあるソロを弾くギタリストだと再認識しました。そしてまだ、彼のヴォーカルを生で聴いたことがないので、今回の来日公演は僕もぜひ観てみたいと思っています。
彼のアルバム『Sweet Soulful Music』(2006年)の「Hymn 4 My Soul」を聴くと、デレク・アンド・ザ・ドミノーズの「だれも知らない」のフレージングを思い出させますが、なかなか渋くていいですね。かつてのヒット曲「Wide-Eyed and Legless」もあらためて聴くと、すごくいい曲です。これはラジオでもかけることにしようと思います(笑)。ちなみに、“Wide-Eyed”とは人生経験の浅い若者が面白いことに直面して目を見開いている様子のことで、“Legless”は足がない、つまり、飲み過ぎて立てない状態。イギリス人が自分のことを自嘲的に言うときによく使う言い回しです。
話は『Sweet Soulful Music』に戻りますが、このCDはミックスがいいですね。さすがグリン・ジョンズです。彼は昔からアクースティック・ギターをきれいに録ることに定評のあるエンジニア。すごくすっきりした、いい音が聴けます。彼も、もういい歳なんですけどね(笑)。
ところで、僕はベースの音が好きなので、低音がしっかり鳴っているのが聴けると嬉しくなります。いいオーディオで好きな音楽を聴くのは、いいワインを飲むのと同じで、ちょっとぜいたくな気分になるし、一度味わうとまた試したくなりますね。
ライヴを楽しむために予習は必要?
僕の場合、ライヴに行く前にそのミュージシャンの曲を聴き直したりすることはほとんどしません。その人の感性がなんとなくわかっていればそれで充分。知らない要素があってもいいんです。例えばアンディ・フェアウェザー・ロウの「Wide-Eyed and Legless」なんか、初めて聴いたとしても、たぶん誰でも好きになれる曲でしょう。ベン・シドランとジョージィ・フェイムのライヴもそうでしたが、どんな展開になるのかわからない楽しさもライヴならではのもの。よく知っているミュージシャンであっても、その日どんな演奏が聴けるのかは誰にもわからない。そのような、知っている部分と分からない部分のギャップも、楽しみの要素なのかもしれません。
一方、レコードもいい演奏は何百回聴いても飽きないし、なぜか聴く度に新しい発見というか、新鮮味があります。音楽好きならライヴもレコードも、どっちも楽しまなきゃ気が済まない(笑)、そういうことなんだと思いますよ。